ミュージカルの話をしよう 第7回 [バックナンバー]

井上芳雄、誰も言葉や形にできなかったものに触れる喜び(後編)

プリンスが見据える五十代、六十代のミュージカル俳優人生

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生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

第7回に登場するのは “プリンス・オブ・ミュージカル”こと井上芳雄前編では井上が、芝居の道を示してくれたこまつ座との出会い、自身の変化と時流の変化が合致して拓けていった道、ミュージカル俳優たる信念を語った。後編では彼が見据える未来の話が展開。プリンスでありながら“博士”のような分析力と情熱でミュージカルに向き合ってきた井上が明らかにする、“ミュージカルの魅力”とは?

取材・/ 大滝知里

僕は“象徴”としてのプリンス、本当の王子は光一くん

──井上さんはご自身が“プリンス・オブ・ミュージカル”と呼ばれていることについてどう感じていますか?

自分で言い出したわけではないので……でも、20年もそう呼ばれると“後付けの納得”というのかな。プリンスかはわかりませんけど、僕は生徒会長タイプで、みんなの意見をまとめて上に提出するのが得意(笑)。何事もにこやかに、物事を円滑に進めたいとは思っているんですよ。怒ることは苦手だし、もめるのも好きじゃない。もめたとしても、言い方次第なところもあるし、そういうことを解決したり、誰がどう言うべきかと考えることに興味があります。良いように解釈すれば、そういう部分が王子というか、象徴として「この人は私を傷付けない」という印象につながっているのではないかなと。自分で言うのもなんですけど(笑)。

──会社に1人は欲しい人材ですね。

あははは。堂本光一くんも、ずっと王子じゃないですか。彼を見ていると、「こういう人が王子なんだな」と思います。光一くんのもとには人が集まるし、何を言うわけでもないけど、「光一くんがやっているならやってみよう」と、彼の姿に周りが納得させられる。それがスターということなのかもしれないし、僕もそうありたいなと思いますね。

──お二人が共演したミュージカル「ナイツ・テイル」は2018年に初演され、先日再演が発表されましたが、当時のお二人の舞台姿を振り返ったり、インタビューを拝読したりすると、堂本さんと井上さんはとても波長が合うのだろうなと感じます。

そうですね。でも、めったにそういう人っていないし、お互いがそうだとわかることも難しいんです。光一くんとも最初は“違う国の住人”みたいな感じだったし(笑)。でも、理屈じゃなく“楽”なんですよね。長くやっているとそういう相性の良い人がパッとわかるんです。坂本真綾さんもそう。大切にしていることが似ていて、共有できる部分が多くある。光一くんは本当に、僕にとってそういう存在です。

ミュージカル「ナイツ・テイル」より。(写真提供:東宝演劇部)

ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」より、ジルーシャ・アボット役の坂本真綾(右)と。(写真提供:東宝演劇部)

冷静に、立ち止まって考えるときが来た

──順風満帆なミュージカル俳優人生を歩まれてきた井上さんですが、あえて“自分に不足しているもの”を挙げるとすれば、それは何だと思いますか?

今年の3・4月にこまつ座「日本人のへそ」に出演して、お芝居っていつまでも足りることがないなと思いました。ミュージカルのお芝居とストレートプレイのお芝居では、求められるものが全然違う。自分にとっては演技ってまだすごく繊細な神経が必要で。歌や踊りではなんとなく表現できても、セリフを緻密に一言ずつ積み立てて発することは、やればやるほど難しいんですよね。ミュージカルでストレートプレイのようなお芝居をすることはもっと難しいですし。自分に基礎がないとは言わないけど、演技について系統立った学習をしてきていないので、もっと理論に落とし込みたいなと最近は思っています。世の中には何事も理論があるわけですから。

──よく言われる“役が降りてきた”というような、感情やエネルギーなど、何かの力に動かされて演じるのではなく?

コロナもきっかけだったと思うんですけど、今まで感覚や感情でねじ伏せてきたものに対して、一度、冷静に「それってどういうことですか?」と疑問を持てるようになったと思うんです。生き方やジェンダー、女性蔑視などの問題もそう。ミュージカルという芸事や表現に関しても、きっとそれは避けて通れないことなんじゃないかなと思い始めていて。これまで何となく雰囲気でやってきたものを、もっとはっきりさせたほうがいいんじゃないか、それができる時代に来ているんじゃないかなと思います。

こまつ座「日本人のへそ」より。

──確かにコロナは多くの人にとって、自分が置かれた現状を再認識する大きなきっかけになったと思います。20年間走り続けてきた井上さんにとっては、歩みが減速させられたことで、何が見えてきましたか?

映画「ラ・ラ・ランド」のヒットや2.5次元ミュージカルの隆盛などもあり、ミュージカル界がずっといい感じで来ていたので、コロナによってその勢いが止まってしまったのは残念だなと思います。でも、必要な部分もあったなと。例えば興業についての考え方やシステムの見直し、チケットの形態やスタッフの働き方など、コロナをきっかけに今後、やり方が変わるものもきっとあるはず。業界はとても苦しいですけど、希望は捨てずに踏ん張って乗り越えたいですね。ただ、ミュージカルに関しては、コロナによってというよりも、自分の年齢が上がったことで、見え方がずいぶん変わりました。ミュージカルって特に日本では若者を愛でる文化だと思うんです。日本の文化全体を見ても若い人の力が強いし、初々しさや成長過程を見守ることを求める人が多い。僕も、その典型だったと思うんですよね。でも自分が四十代、五十代となっていくときに、ミュージカルがすべての年齢層に開かれているジャンルだということを、もうちょっとアピールしていきたい。そうじゃないと自分がやる場もなくなってしまうので(笑)。

先日、光枝明彦さんが「死ぬまでミュージカル俳優でいたい」とおっしゃっていて。それって実はミュージカルの歴史が浅い日本ではまだ検証されていないこと。アスリート的には年齢を重ねると体が動かなくなってくるけど、じゃあ、ミュージカルを青春時代の一過性のもので終わらせないためにはどうすればいいのか、という新たな課題が見えてきました。

「レジェンド・オブ・ミュージカル in クリエ Vol.6」より、光枝明彦(右)と。(写真提供:東宝演劇部)

──2.5次元ミュージカルにしても、大型ミュージカル作品にしても、若者が人気の中心となるジャンルとして拡大していますものね。

ミュージカルだけに限らず、僕らの仕事は「次に何をやるんだろう」って思われることの連続だと思うんです。そういう自分でありたいし、必要なら休んで勉強するかもしれない。今はコロナでそんなことを言っている場合じゃないかもしれないけど、ミュージカルって基本的にはワクワクするものだと思うので、ここから新しい何か、違う何かが生まれてくると信じています。良い意味で期待しているんです。

──井上さんはミュージカルとストレートプレイに並行して挑まれ、舞台だけでなく映画やテレビにも活躍の場を持たれるなど、これまでのミュージカル俳優のイメージを更新するような活動を多くされています。また演出家や作家など、さまざまなアーティストとのつながりも広くお持ちです。四十代、五十代、六十代のミュージカル俳優が活躍する場を作っていくにあたり、今後の作品作りについて、何かイメージをお持ちですか?

黒澤明監督の映画を舞台化したミュージカル「生きる」は、そういう意味合いもあったのかなと思うんです。市村正親さんや鹿賀丈史さんという大先輩を主演に据えて成立する日本の作品という意味で、素晴らしかった。そういう作品が増えていくのは望ましいですし、僕自身は演じられる役柄がたくさんあるに越したことはないなと。同時に、それを観に来てくれる観客層の拡大も重要で。ブロードウェイでは渋いベテランの俳優さんたちが第一線で活躍しているので、そこにモデルケースはあると感じるんですが……。でも最低限、まずは自分が上手じゃないとなっていうのは、戒めとしてあります(笑)。役者として常にスキルアップを続けながら、環境を変えたり考えていったりすることに参加できればと思います。

こまつ座「組曲虐殺」公演(2010年)では、小林多喜二の足跡をたどって一人旅をした。

ミュージカルの非現実が真実に触れて感動する

──ミュージカルを愛し、その最前線を走り続けている井上さんは、ミュージカルのどこに一番の魅力を感じていますか?

音楽があることですよね。音楽って感情をほぐす、出しやすくする、伝わりやすくするという効果があると思うんです。例えば、ミュージカル「レ・ミゼラブル」でジャベールが星に向かって歌いかける瞬間って、現実にはきっとあり得ないですよね。でも心の中ではそう思っているかもしれない、そう思う瞬間があるかもしれない。その“現実ではない場面”が実際に目の前に浮き出てくるところが、ミュージカルの一番の魅力だと思います。

もちろん、シェイクスピアの長ゼリフでもそう感じることがあるかもしれないけど、音楽に乗ったときに“現実にはない場面”がより伝わるし、「自分にもその気持ちがあるな」と実感できるというか。踊りや群舞を観て気持ちが躍るのもそうですよね。ミュージカルを観てうれしくなるのは、真実に触れた気がするからなんじゃないかなと思うんです。今まで誰も、言葉にも形にもできなかったものを感じて、それを「自分だけじゃないんだ」とわかり合える喜びがある。「そうだった、そうだった」と思い出すというか。そうやって音楽によって呼び覚まされる感情や真実があるということが、ミュージカルの一番の魅力なんじゃないかなと思います。

「井上芳雄 by MYSELF スペシャルライブ 20th Anniversary Live Tour」千葉公演より。

「井上芳雄 by MYSELF スペシャルライブ 20th Anniversary Live Tour」千葉公演より。

「井上芳雄 by MYSELF スペシャルライブ 20th Anniversary Live Tour」千葉公演より。

プロフィール

1979年、福岡県出身。2000年、大学在学中にミュージカル「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー。以後、さまざまな舞台で活躍し、多数の演劇賞に輝く。また、音楽番組出演やコンサートの開催、歌手活動のほか、テレビドラマやバラエティ番組にも出演し、活動の幅を広げている。主な出演作にミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」「1984」「陥没」「十二番目の天使」ミュージカル「シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ」など。WOWOW「オリジナルミュージカルコメディ 福田雄一×井上芳雄『グリーン&ブラックス』」に出演するほか、BS-TBS「美しい日本に出会う旅」ではナレーションを担当。パーソナリティを務めるTBSラジオ「井上芳雄 by MYSELF」が毎週日曜日に放送中。4月からNHK総合「はやウタ」で初めて歌番組のレギュラー司会を務めている。6・7月に「首切り王子と愚かな女」、9月から11月にかけてミュージカル「ナイツ・テイル─騎士物語─」、2022年1月にミュージカル「リトルプリンス」への出演が控える。

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