映画と働く 第15回 [バックナンバー]

映画バイヤー:佐伯友麻 / 祈祷ホラー「女神の継承」を買い付けした理由とは

配信にもつながるようなジャンル性を携えた映画のほうがヒットする傾向にある

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1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。

第15回となる今回は映画の配給・製作・企画を行っているシンカで働く佐伯友麻にインタビューを実施した。映画バイヤーとしてこれまで「海の上のピアニスト 4Kリマスター版」「エル プラネタ」「この世界に残されて」「女神の継承」といった作品を買い付けしてきた佐伯。映画館や動画配信サービスなどで私たちが目にする映画はどのように買い付けされているのか。映画バイヤーという職業の実態や働くやりがい、「女神の継承」を買い付けした理由について話を聞いた。

取材・/ 小宮駿貴 題字イラスト / 徳永明子

佐伯友麻の履歴書。

映画を観て楽しむ時間を提供するのって素敵だな

──このたびはコラム企画にご協力いただきありがとうございます。まず、映画バイヤーになろうと思ったきっかけを教えてください。

子供の頃から家族で映画館へ行ったり、DVDのレンタルショップで1人1本借りて映画を観るといった習慣がありました。そうして過ごすうちに映画に興味が湧いたんです。誰もが知っている「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズを小学校5年生くらいの頃にレンタルで観て、初めてかっこいいなと思った俳優さんがジョニー・デップ。いろんな映画誌でジョニー・デップを追いかけているうちに、ほかのハリウッドスターのこともどんどん知るようになって「どうやったら彼らと直接会えるかな?」と、ふと考えたのが最初のきっかけだと思います。

第71回カンヌ国際映画祭のメイン会場であるパレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ。

──ミーハーなところからスタートしたんですね!

そうなんです。それから、中学生のときにいろんな映画関連の書籍を読んでいる中で、「映画を日本に持ってくる仲介者のような存在がいる」ことを知りました。映画を観て楽しむ時間を提供するのって素敵だなと思い、映画のバイヤーというお仕事を認知し、それが将来の夢になりました。

──小中学生の頃から映画バイヤーを目指してたんですね。すごいです! 実際に映画バイヤーとしてお仕事をしてみていかがですか?

私は今、買い付けと劇場営業を兼務しています。特に大手の会社では、取り扱う作品の規模や本数も多いので、買い付け、劇場営業、映画宣伝、TVODサービス営業、パッケージ業務など明確にセクション分けされている例が多いです。シンカは、主にミニシアター映画かつ、年間限られた本数の映画を配給するスタイルの会社なので、1人が担う仕事が多岐に渡ります。私は新入社員のときから思いがけず劇場営業をすることになって。私が一から劇場営業をしたのは、「カンパイ!日本酒に恋した女たち」というドキュメンタリー映画でした。それから劇場営業を3、4年と続けていくうちに、その時世にとってどんなジャンルの作品が成績がよく、また、宣伝効果が高いのかなど自ずと市場価値を見る目が養われてきたように思います。そして2018年の秋、社長の好意でイタリア・ローマで開催されているMIAという映画祭の招待枠に、私を推薦していただきました。これは買い付けを目指す人間としては、商談や試写の様子を直に見て学べる絶好の機会でした。そして、翌年からベルリン、カンヌへと同行させていただくようになりました。買い付けという仕事は、常に世の中の流れをキャッチし、先読みしていく必要があります。また、実際に興行をしたときの結果も、賛否ともに大いに自分に返ってくるものだと思います。私の場合は、買い付けから劇場営業までを担当しているので、その重みは大きいです。プレッシャーに感じることももちろんありますが、自分自身のアイデンティティを表現できる仕事なので、とてもやりがいがありますし、楽しいです。これからも新しいエンタテインメントをお届けできるようにがんばります。

パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレで行われた試写の様子。

韓国の市場価格がものすごく高騰しています

──映画の値段はどのように決まっていくのでしょうか?

ケースバイケースなのですが、多くは映画を実際に売っているセールスエージェントが決めた金額が基準になります。映画の製作費やキャスト・監督のネームバリュー、日本にどれだけ需要があるかなどを踏まえて、「これくらいで売れたらいいな」という希望価格(アスキングプライス)がまず提示されます。大作だと100万ドル以上。中小規模の作品で数万ドル~数十万ドルくらいの値付けです。近年は映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」「パラサイト 半地下の家族」、ドラマ「愛の不時着」「梨泰院クラス」「イカゲーム」など大ヒットが豊作な韓国コンテンツに対してさらなる興味関心が高まってきましたよね。需要が高まっている国の映画、ジャンルはバイヤーがこぞって買いに行くようになるので、必然的に競争相手も増え、価格がものすごく高騰しています。セールスエージェントが提示する希望価格を超えていくことも全然あります。状況は市場などで見る、競りと近いものがありますね。

シンカのメンバー。左から4番目が佐伯友麻。

──なるほど。やはり賞レースが市場を動かしている感じでしょうか。

そうですね。バイヤーとしては、誰もが常に賞レースは追いかけ、受賞作品の買い付けを目指していると思います。その最たる映画祭は例年5月に開催されるカンヌ国際映画祭ではないでしょうか。例えば、ケン・ローチウディ・アレン、ダルデンヌ兄弟(ジャン=ピエール・ダルデンヌリュック・ダルデンヌ)、ポン・ジュノパク・チャヌクといった名だたる監督や、有名なキャストによる作品は、より賞レースに絡む可能性を秘めているわけですから、すべてではないですが、各映画祭のコンペティション部門にノミネートされる前から「SOLD」になっているケースもあるんです。そういった作品が毎年3月に開催されるアカデミー賞のノミネーションに絡んでいくパターンが多く、映画ファンよりも、さらに一般向けに作品の認知度がグッと上がる機会を得ます。多くの配給会社は、そういったタイミングに照準を合わせ、公開時期を設定しています。我々は、この流れに乗ることを目標に、毎年入念な準備をしていくので、「賞レース」とはその年の外国語映画市場をつかさどっていくといっても過言ではないと思います。

──佐伯さんが初めて買い付けた作品を教えてください。

フランス映画の「パリの家族たち」です。監督はマリー・カスティーユ・マンシオン・シャール。彼女の作品「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」をその前にシンカで配給していて、ミニシアター界の中ではヒットしたんです。ナチスの被害にあったユダヤ人の証言をドラマの中で生徒に伝えて、彼らの価値観を変えていくという作品で、強いメッセージ性を持った監督だったので、次の作品も注目していました。「パリの家族たち」は女性に焦点を当てて、それぞれにキャリアや夢がありながらも、母親としての苦労・葛藤があり、「もっとこういうことがしたい」「子育てや、母親という形に捉われない自分の人生を送りたい」といった叫びが詰まった作品。女性が社会で徐々に立場を確立していく現代に合った作品だと思ったので買い付けしました。

2019年に佐伯友麻が初めてトロント国際映画祭に参加した際の記念写真。

──買い付けが叶わなかったケースはあるのでしょうか?

たくさんあります(笑)。最近ですと「プアン/友だちと呼ばせて」。ウォン・カーウァイがプロデューサーに入っていて、「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」のバズ・プーンピリヤナタウット・プーンピリヤ)が監督した作品です。製作が始まった段階から興味を持っていたのですが、なかなか難しくて……。ほかにも涙をのんだ作品がたくさんありますね。

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ホラー映画こそ映画館で誰かと観て思い出に残るジャンル

読者の反応

ビニールタッキー @vinyl_tackey

プロデューサーと監督の名前と宣伝映像を見てこれはヤバい映画に違いないと『女神の継承』を買い付けたバイヤーの方が実際に本編を見たら1週間眠れなかったって話とてもいいな。本当にすげえ映画だったもんな… https://t.co/TIqfJwGQeJ

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