映画と働く 第15回 [バックナンバー]

映画バイヤー:佐伯友麻 / 祈祷ホラー「女神の継承」を買い付けした理由とは

配信にもつながるようなジャンル性を携えた映画のほうがヒットする傾向にある

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ホラー映画こそ映画館で誰かと観て思い出に残るジャンル

──2021年に公開された「女神の継承」はなぜ買い付けしようと思ったのですか?

2020年に「女神の継承」を買い付けしました。世界中でコロナが流行していて、海外へ行けなかったんです。本作はそんな中、オンラインマーケットで買い付けした1本でした。その頃から、どんどん配信プラットフォームが台頭してきて、映画館へ行くより家で映画やドラマを観ることが増えたと思います。なので、映画館でのヒットは大前提としても、ホームエンタテインメントとしても楽しめる作品を買い付ける必要がありました。また、以前ナ・ホンジンが監督した「哭声/コクソン」を友人と劇場へ観に行ったのですが、その独特の恐ろしさ、不気味さが強烈に記憶に残ってたので、今回もきっと間違いない!と。また、トレイラーの情報だけでも、シンカのスタッフ全員の恐怖指数がかなり高かったことも買い付けの決め手になったと思います。本当は、私ホラー映画は苦手なんですけどね(笑)。

「女神の継承」ビジュアル (c)2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

──ナ・ホンジンは「女神の継承」の原案・プロデュースを担当されたんですよね。

はい。監督のバンジョン・ピサンタナクーンは、タイの歴代最高の興行収入を記録した「愛しのゴースト」や、「心霊写真」というホラー界隈では知らない人がいないくらいとんでもなく恐ろしい映画を製作した経験がありました。なので、ナ・ホンジンとバンジョン・ピサンタナクーン、この2人がタッグを組んだら、気持ち悪い映画しかあり得ないんじゃないかと思いました。もちろん最大の褒め言葉です(笑)。映画館でも配信でも盛り上がる、すごくぴったりなタイトルだと思って買い付けしました。

※「女神の継承」はR18+指定作品

──とても気持ち悪い映画でした(笑)。「女神の継承」は本編を観賞してから買い付けをされたのでしょうか?

実はブラインドで買っています。まだ映画の完成前に買い付けをすることをプリバイと言って、「女神の継承」の場合は1分~2分くらいのプロモーション映像と製作者への期待度で買い付けを決めました。コロナ以降、各社買い付けのスピードが加速しているので、最近はプリバイで買い付けすることも多くなりました。ちなみに、いざ「女神の継承」の本編がデリバリーされ、関係者試写をしたあと、私は1週間眠れなくなりました……。

左から佐伯友麻、宣伝プロデューサーの板垣茜。

配信にもつながるようなジャンル性を携えた映画の方がヒットする傾向にある

──改めて、買い付けされるうえで大切にしていることを教えてください。

自分の意志だけで買い付けるのではなく、シンカはどういう映画を買い付けてお客様に届けたいかを全員で考えています。シンカでは、コロナ禍になって「映像の力で衝撃と高揚を創造し、日常を彩る上質なエンタテインメントをお届けする」というポリシー(理念)を掲げました。映画を観たときに初めて知ることが衝撃になったり、例えば今回の「女神の継承」のように、ホラーを観たあと「眠れないから友達と何かしよう」みたいな次のアクションにつながる原動力とか、そういうものをお届けできる作品を買い付けることをモットーとしています。あとはビジネスとして映画館と配信の2つの柱がバランスよく生きる作品を探していきたいですね。

佐伯友麻の仕事風景。

──映画バイヤーの業界でトレンドのようなものはあるのでしょうか。

ここ1、2年で言うと、先述した通り韓国コンテンツの競争率はすごかったです。日本市場が最高に盛り上がりを見せていたので、多くの配給会社が買い付けを視野に活動していたと思います。あと特筆すべきは、「RRR」のようなインパクトのある作品が映画館でヒットしていますよね。配信にもつながるようなジャンル性を携えた映画のほうがヒットする傾向にあると思います。映画館や配信で観てスカッとするようなエンタテインメントが流行っているんじゃないかと。

──確かに、「RRR」はインパクトがすごかったですね! ちなみに佐伯さんの人生を変えた1本は?

海の上のピアニスト」という映画です。船で生まれ、そこで一生を過ごすことを選択した男性の話。エンニオ・モリコーネの音楽がもたらす効果が切なくて美しい世界観に感じて、ティム・ロスの繊細で葛藤している演技、船の中の美術など、そのすべてが自分にストレートに響いたんです。衝撃を受けた記憶があります。その4Kバージョン、図らずもイタリア完全バージョンを過去に買い付けることができて感慨深い思い出があります。

「記憶に残る映画だった」というレビューを見るとうれしい

──映画バイヤーとして働くやりがいについてお聞かせください。

自分たちが買い付けして配給した映画が封切られて、SNSで「記憶に残る映画だった」「映画館で観れてよかった」というレビューを見ると、そのお言葉をモットーに買い付けをしているので、気持ちが伝わってよかったなとやりがいを感じます。「女神の継承」もしかり、私1人で買い付けしたわけではなくて、シンカの代表とホラーに詳しいスタッフ、みんなで検証して宣伝して、意見を合わせて買い付けた作品ばかりです。そういう映画がヒットすると会社として認められた感じがするので、うれしいですね。

カナダ・トロントにある映画館、スコティアバンクシアターの写真。トロント国際映画祭の主な試写会場となる場所。

──今後はどんな作品を買い付けしてみたいですか?

笑いあり、そして最後には感動が待っているようなエンタテインメントをやりたい! ミュージカルもいいですね。半分冗談ですが、次はホラーではない何かを(笑)。観て、誰かの「希望」になったり「楽しかった!」と言ってもらえるような映画を買い付けしたいです。

──映画バイヤーを目指すうえで必要なスキルはありますか?

コミュニケーション能力が一番大切かと思います。買い付けはスピード感が勝負なので、依頼された仕事に対してスピーディにレスを返すとか、日頃のコミュニケーションが大事。あとは適応力。イタリアのMIA映画祭に1人で参加した当時は英語もそんなにしゃべれなかったんです。空港に着いてから送迎のバスに外国の方と一緒に詰め込まれ、ホテルまで向かって……。どうやって過ごしたかもう覚えていないんですが、どんどん環境に慣れていかなければならない適応力も大事かと。英語の読み書きができるだけでもコミュニケーションは取れるし、ミーティングや買い付けに必要な定型文をしっかり覚えていけば最低限の情報は取れると思います。あと、配給ビジネスを俯瞰して見る能力も大切です。買い付けから興行、配信までの一連の展開を想像できる能力があると、昨今の映画業界の市場とズレることなく買い付けができるんじゃないかと思います。とはいえ、私も日々勉強です!

──なるほど。貴重なお話ありがとうございました!

佐伯友麻(サエキユマ)

佐伯友麻

映画バイヤー。シンカ所属。これまで買い付けを担当した主な作品に「パリの家族たち」「この世界に残されて」「海の上のピアニスト 4Kデジタル修復版&イタリア完全版」「雨とあなたの物語」「エル プラネタ」「女神の継承」「夜明けの詩」、そして2023年6月23日公開の「告白、あるいは完璧な弁護」などがある。「女神の継承」はU-NEXTで独占配信中で、Blu-ray / DVDは2023年3月3日にリリースされる。

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読者の反応

ビニールタッキー @vinyl_tackey

プロデューサーと監督の名前と宣伝映像を見てこれはヤバい映画に違いないと『女神の継承』を買い付けたバイヤーの方が実際に本編を見たら1週間眠れなかったって話とてもいいな。本当にすげえ映画だったもんな… https://t.co/TIqfJwGQeJ

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