エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第13回 [バックナンバー]

ECD、RHYMESTER、PUNPEE、長谷川白紙らを手がけるillicit tsuboiの仕事術(前編)

音よりも内容がよく聞こえるほうが大切

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遊ぶことから始まったキエるマキュウ

──MAKI THE MAGICさん、BUDDHA BRANDのメンバーでもあったCQさんと始めたキエるマキュウの活動はどういう流れだったんでしょうか?

BUDDHA周辺とは仲良かったんで、このスタジオに来て作業するにようになって。あそこは1時間作業して、あとは10時間飲みに行くみたいな人たちの集合体なんですよ。MAKI THE MAGICさんはもともとA&Rをやっていたんですけど、このスタジオに来て音楽制作をしているという既成事実さえ作っちゃえば、寿司を食べに行っても経費で落とせるみたいなことを繰り返していて(笑)。音楽のことは信頼してもらってるので、特に細かいことを話したことはなくて、基本的に遊ぶことから始まったユニットでした。今じゃ考えられないですよね。朝5時に終わっても「行こうよ、行こうよ」って飲みに連れて行かれましたからね(笑)。

──エンジニアをやりながらトラック制作もずっと並行してやっていたんでしょうか?

ヒップホップ系のエンジニアでミックスだけやっている人ってほぼいないんですよ。トラックを制作する中で、これをいじれるのは自分しかいないと思ってミックスとかを始めて、それに共感したアーティストからオファーがあって生業として成立してる感じで。だからその両方はずっとやってますね。

自分はバランスエンジニアではない

──「ツボイさんにミックスをお願いしたらビートがまったく違うものになって返ってくることがある」という噂を聞いたことがあります。

ビートが違う!? あーでも、「こっちのほうがいいかもよ」って言いながら2パターンか3パターン渡して、わりとそれが採用されることはあります。たぶん、そっちを選ばざるを得ないようなアレンジに僕がしちゃってるんですけど。あと、「もとの音源なくなっちゃった!」とか嘘ついたり(笑)。

──今までお話を聞いてきたエンジニアと、だいぶ毛色が違う感じがします(笑)。

みんな真面目だなーと思いながらこれまでの記事を読ませてもらいました(笑)。「アーティストの意見を尊重して、気持ちよくクリエイトするために」とかみんな言うじゃないですか? 僕はそういうことは一切考えたことはなくて、「ちょっとそれはやりすぎでは……」ってアーティストに止められることが多いですね。自分はバランスエンジニアではないということは最初に伝えていて、今も昔も「『こんな音にして』って言われてもできないよ。違うものになっちゃうかもしれないけど、それでもよければ」と言ってOKしてくれる人としか仕事ないです。

──ミックスというよりリミックスに近い感じかもしれません。

そうなんですよね。リミックスは言いすぎかもですけど、でも曲の音よりも内容がよく聞こえなきゃダメじゃないですか。だからパッと聴いて「音いいね!」って言われちゃうようなミックスは僕的にはNGで、むしろ「音は悪いけど内容はいいね」と言われるほうが僕の中では合格なんですよね。もちろん音も内容もどっちもいいに越したことはないし、内容が超よかったらそれに負けないサウンドを提示する必要はあるんですけど、「テクニックよりセンスのほうが上を行かないと絶対ダメ」というのが僕の中で座右の銘としてあるので、そこだけは気を付けています。

機材よりもレコード

──「こういう音にしてください」とリファレンスを持ち込まれて作業することはないんでしょうか?

「普通にやったらこうなるってイメージはあるけど、そうじゃない感じにしたいから、むしろ僕に提示してほしい」と依頼されるケースが多いですね。レコードの量を見たらわかると思いますけど、引き出しは多いですから。引き出しが多すぎて、引用しても引用だと思われないんですよ。僕としては自分が引用したことを忘れて、オリジナルだと思うところまでいったら最高だと思っていて。それってある意味オリジナルじゃないですか。だからそうなるのを目指して毎日引き出しを増やす努力はしていますね。

illicit tsuboi。RDS Toritsudaiには無数のレコードがストックされている。

──それはレコードを聴いて、エフェクトのかけ方を真似するとか?

そうですね、違うジャンルの音楽をとにかく聴いています。レーベルとか年代とか国を意識しながら聴くと、「ここはこういう音」というのがあるんですよね。例えばハンガリーだったら、あそこは国営のスタジオが1つしかないからすごく癖のある音がするんですよ。トータルのリミッターとコンプがアホみたいにかかっていて、ペコンペコンな音になっているんです。その面白さに気付いちゃったので、これは全世界制覇するしかないと思って世界中のレコードを買ってますね。

──レコードは何枚くらいあるんですか?

今はわりと減らしましたけど、一時期は4、5万枚くらいありました。普通のエンジニアはスタジオを作ったり機材を買ったりする方向にいくと思うんですけど、僕はレコードを買うのが順位として一番上になってますね。周りには「億のお金を使うんだったらスタジオ作ったほうがいいでしょ」って怒られましたけど(笑)。

──それだけ膨大なレコードの情報がツボイさんの個性にもなってるわけですよね。

そうなんですよね。ただちょっと計算外だったんですけど、年齢を重ねると忘れやすくなって、最近引き出し開かなくなっちゃって(笑)。頭の中にアーカイブとして保存されてるのはわかっているんですけど、そこにたどり着かないことが多くて。なので「こういう音楽あったよね」って人と話すことを大切にしています。もちろんその引き出しのビルドアップは今もしています。

──この仕事をやっていて、そんなにレコードを聴く時間があるのが不思議です。

自分でも不思議なんですけど、たぶんミックスする時間が短いんですよね。テクニック的にやる工程は決まっているので、始めたらそんなに時間がかからないんです。ただ、それがいいかどうか判断を下すまでの時間がすごくかかりますけど。「なんでそんなに時間かかってるの?」ってたまに言われるんですけど、「いや俺、作業自体はまだほとんどやってないよ」って。たぶんこれは曲を作る人に近い感じだと思いますね。

──自分の音にしようっていうよりは、毎回どういう音にしようかをイチから考えているということでしょうか?

そうですね。なるべくルーティンにならないように、基本はバラすところから始めてますね。僕はコンピュータ内部じゃなくて、外部のエフェクターとかミキサーを使ってミックスしていて、つなぐケーブルをトラックごとに変えるとか、ギリギリのところまでこだわってやっています。

後編はこちら

The Anticipation Illicit Tsuboi

1970年生まれのエンジニア、プロデューサー、DJ、レコードコレクター。ロックおよびヒップホップ系サウンドエンジニア、サウンドクリエイターとして活躍する傍ら、ステージで観客をアジテートしたり、ターンテーブルを破壊したり火を付けたり、度の過ぎたヴァイナル愛によってレア盤を割ってしまったりと強烈なパフォーマンスを行うことでも知られている。長年にわたってアンダーグラウンドからオーバーグラウンド、表方から裏方まで多面的に活躍を続けている。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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fax-kun @okadapaisenn

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