エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第12回 [バックナンバー]

RIRI、SUGIZO、[Alexandros]らを手がけるニラジ・カジャンチの仕事術(後編)

J-POPと洋楽のサウンドの違いとは

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ヒップホップのテイストを盛り込んだ[Alexandros]のアルバム

──[Alexandros]のアルバム「EXIST!」(2016年11月リリース)でもエンジニアを担当されてますよね。

彼らと最初に一緒にやったのは「Feel like」ですね。「ポップスなんだけどサウンドは海外にしたい」と言われ、EDMっぽい雰囲気にしたいと思ってディレイで空間を作りました。でもボーカルは日本風というか、英語で歌ってるけどちゃんと伝わるようなミックスにして。それを気に入ってくれて、「EXIST!」の制作に入ったときにミックスの半分と、ボーカル録りのほとんどを依頼してくれました。

──アルバムに入ってる曲の中でも、「Kaiju」はかなり攻めた仕上がりになってますよね。

これはサビはめちゃくちゃロックなんですけど、ロック目線じゃなくてヒップホップのようにミックスしてほしいと言われた曲ですね。この曲だけキックをWAVES Doubler(※短いディレイとピッチシフトの組み合わせで、通常はボーカルを広げるために使うエフェクト)に通して、すごくワイドに作りました。スネアはSansAmpのディストーションで、めちゃくちゃ歪ませてますね。

──こういう極端な処理をするときには、「この音みたいにしてください」という参考曲を受け取って作業するんですか?

いや、ないですね。僕はどのアーティストも前作を聴いてみて、その方向性に持っていかないようにミックスしています。[Alexandros]も前のアルバムは僕の大好きな細井智史さんがミックスしていてめちゃくちゃカッコいいんですけど、僕にお願いする理由って別にそのサウンドを求めているわけじゃないと思うんですよ。同じサウンドにしたいなら細井さんに頼めばいいので。「僕だったらどんなエクストラスパイスを振りかけられるだろう?」って考えて、それがヒップホップのテイストを盛り込むってことだったんですよね。

──なるほど。

僕は自分のサウンドがあると思ってなくて、「こういう音にしたい」というよりは、1つひとつ関わるプロジェクトごとに違うサウンドを作りたいんですよ。音源はもちろん、そのアーティストの所属しているレコード会社やレーベル、ターゲット層、なんなら誰がマスタリングを担当するのかによってサウンドを変えています。聴きたい感じにすぐできるので、ミックスにあまり時間をかけません。伝わってほしい部分が最初の3時間でできなかったら、エンジニアとしてどうかと思うので。

五感を常に意識

──それほどすぐにミックスできる秘訣はなんでしょうか? どのように時間管理をしていますか?

僕は自分の五感を常に意識するようにしていて、その五感が一番いいときにしかミックスしません。それはミックスだけの話で、もちろんレコーディングはクライアントさんの時間に合わせますけど。朝起きてシャワーを浴びてから自分のスタジオに来るまでに、声の発声だとか自分の調子を判断するルーティンを毎日やると、その日の耳の調子がすぐわかります。耳の調子って1%でも疲れてるときって、ハイの聞こえ方が変わってくるんです。お酒は絶対に飲まないし、食事を取っても聞こえ方が変わるので朝食も取らないですね。自分の調子が完璧に整ってないときは、すべて仕込みの時間に使っています。

──体調管理の仕方がアスリートのようですね。

その通りだと思います。僕はアスリートの考え方とビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズみたいな経営者の考え方をブレンドして自分のやり方を作っています。要はストイックにどう楽しむかということ。食べるものは全然変えないし、服もずっと同じ5着をサイクルで着ていて、余計なことは考えないようにしているんです。毎日スタジオに行って環境が変わるのもストレスになるので、自分のスタジオを作ったんですよね。スピーカーの位置やボリュームが常に同じで、自分の理想の音が鳴る環境が整っていれば、いつでも同じ音が作れる。同じ音が常に鳴る環境を作っておけば、あとはクリエイティブになれるんですよ。

──日本のスタジオだとエンジニアは朝からスタジオ入りして、翌朝まで作業してるようなこともありますが、そういうのはやらない?

よくないですね。どうしても録音が朝までかかるときは、ミックスチェックの時間をずらすようお願いしています。僕は普段、ミックスチェックは一番フレッシュにいい音で聴ける昼間にやるようにしているんですけど。アメリカではもっとユルくやっていました。それこそお酒も飲んでたし。でも日本の音楽業界の忙しさに自分を合わせるために、こういうやり方になりました。

ニラジ・カジャンチ

日米のエンジニアリングの違い

──日本とアメリカの音楽業界を見てきて、違いを感じる部分はありますか?

日本人はピッチもリズムも全部完璧にやりたい人が多いけど、アメリカはそこまでじゃないんです。だから日本は1曲のボーカルレコーディングに1日かけるけど、アメリカだと2時間以上は絶対歌わないです。あと日本ではなるべく派手に聴かせるために、曲のキーを高めに取ろうとする。シンガーのトップノートがどこなのかを探って、サビの高いところを決める考えですよね。海外はシンガーのおいしい部分、低いところや余裕で出せる高さに合わせて作ります。これは音にも影響が出てきますよね。

──エンジニアリングの部分での違いはいかがでしょうか?

スタジオで全然違うのが、アメリカではアシスタントはAVID Pro Toolsの操作をしない。パソコンの操作はエンジニア本人がやるんです。間に入る人が減るので、コミュニケーションのミスが減りますね。アメリカでアシスタントに求められるのはクライアントとエンジニアのサポート。セッティングのリコールなど、やってほしいことを先回りしてやってもらう役です。日本のアシスタントのようにPro Toolsの操作ばかりしていると、セッションに同席していても意識はパソコンの中。だからコンピュータの操作だけが速いロボットみたいになっちゃう。短い時間で安くあげるために、そういう人が求められてるのかもしれないですけど。

──それだと、アーティストやクライアントから顔を覚えられないし、一緒に仕事したいと思ってもらえることは少ないですよね。

そう。レコーディングってクライアントと1つの部屋に12時間とか一緒にいるので、単純に音がいいだけじゃなくて、気持ちがちゃんと合う人と一緒に仕事をしたほうが絶対いいと思うんです。アーティストだって人間だから悩みもあるし、スタジオに入ってきたときは緊張してる。それを全部忘れてパフォーマンスに集中できるようにする、セラピストのような面も必要だと思うんです。フィル・ラモーンが僕を評価してくれたのも、そういうところを見てくれていたからだと思うし。僕がフィル・ラモーンにチャンスを与えてもらったみたいに、僕もスタジオのアシスタントには自分で考えて動けるチャンスを与えなきゃと思っていて、ガンガン仕事を振るようにしています。どんどん仕事を覚えてフリーのエンジニアになっていってほしい。そうやってエンジニアが増えて音楽業界を活性化させたいというのが僕の願いです。

NK SOUND TOKYOのメインスタジオ。

反射材を壁一面に配しエコーチェンバー(残響室)としても使用可能なブース。

ノイズをブロックするため、コネクターパネルは通常の金属製のものではなく、カーボン製の特注品を使用。

ニラジ・カジャンチ

アメリカ生まれ、日本育ちのエンジニア / スタジオオーナー。アメリカでキャリアをスタートさせ、マイケル・ジャクソン、リル・ジョン、ティンバランドらの作品を担当する。2000年代後半に日本に来てからは三浦大知、RIRI、Chara、佐藤竹善(SING LIKE TALKING)、大森靖子、Little Glee Monster、SUGIZO、[Alexandros]ら幅広いアーティストを手がける。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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