シリーズ:ファスト映画 第3回 [バックナンバー]

ファスト映画 その後【後編】──映画は生き残ることができるのか?宣伝と感想、危機感をめぐる対談

映画宣伝フラッグ代表・久保浩章 × 映画感想TikToker・しんのすけ

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「ここで観てよかった」という映画館の体験価値

久保 書店の手書きポップってあるじゃないですか。あれって書店員のパーソナリティが見えて、面白いかもと思わせてくれる品質保証ですよね。本に書店という販売チャネルがあるように、映画には映画館がありますけど、映画館は「今度うちでかける作品が超面白いんです」とは言わない。自分たちの意見は基本的に言わないニュートラルな立場。だから、それを映画好きな人たちにインフルエンサーとして各ソーシャルメディアで言ってもらっている。

──いわゆる大手のシネマコンプレックスは劇場ごとのSNSで作品を宣伝している印象はありますが、映画館現地でそういう推し方は見かけないですね。業界的な慣習や風土があるんでしょうか。

久保 もちろん興行の仕組みとして、例えば大手配給会社の作品が、系列シネコンでの上映回数が多かったり、大きめのスクリーンでかかったりはあります。でも、チケットを買うときに「今のおすすめはこれ!」「支配人イチ押し!」とかはない。普通の小売業だったら、よくある話ですけど、業界のカルチャーとして上映している映画に対して極めて均一に接しますね。

──ミニシアターの場合はSNSの宣伝も、現地でも特定の作品を推すことはありますね。

久保 僕はミニシアターも、もっと「私たちのセンスを信じてください」という売り方をしていいと思ってます。支配人の趣味が濃厚な劇場が昔はざらにありましたけど、しんのすけさんが作品を選んで紹介しているように、映画館だって面白いと思ってかけているわけだから、もっと表に出てきていいですよね。

しんのすけ 僕もそう思います。体験価値として「この映画を観てよかった」+「ここで観てよかった」が生まれたほうがいい。映画館の持ち味を上映作品で出すのは当たり前として、シネマコンプレックスは内装も大きく違うわけじゃないので弱い。アミューズメントパーク的なわかりやすい魅力があるといいですよね。映画館の雰囲気を好きになってもらう。ニュートラルなのがいい部分もあるとは思いますが、映画館があまりにも箱に徹しすぎている気はします。

久保 以前、地方の観客でミニシアターの作品をよく観る人、観てない人の分類をしながら「どの作品が観られているか」をリサーチしようとしたら、そもそも「ミニシアター系作品」というくくりが意味をなさなくて。都市部に住む人しか実感できないところで、地方に住んでいる人はミニシアターの作品をあまり区別していない。そもそもミニシアターはおろか映画館自体がない地域も多いですから。たまにシネコンで挑戦的な企画が行われることもありますが、あまり目立っていなくて、もっと継続的にチャレンジングな作品を流すのも面白いですよね。

物語への原点回帰

しんのすけ 新規映画ファンの開拓について改めて話したくて。僕は映画好きを1人でも増やす、映画館での鑑賞が年0回の人を1回にするような活動がメイン。そのことが映画のコアファンにあまり伝わらなくて、最近は少なくなりましたけど「うわべだけで映画を紹介するな」って言われることもあります(笑)。映画ファンに向けたものではない宣伝って、どう考えていますか?

久保 特に大作になればなるほど、前作を観てなくてもいいし、監督の名前を知らなくても問題ないし、“楽しそう”だけで観てもらえれば大丈夫ですよ、と常に間口を広く考えることが大事だと思っています。ソーシャルメディアマーケティングを重視して、しんのすけさんのような方に語ってもらうことをしないと、いつまでもパイは広がらない。映画は、なんてことない動機で、もっと軽薄に楽しんでいいはずで、ライトにタッチポイントをたくさん作ることをしています。

しんのすけ 宣伝において、普段はあまり映画を観ない人に向けて、どこまで情報を与えて興味を持ってもらえるか、という精査は当たり前のことですよね。最近「トップガン マーヴェリック」の感想動画を作ったんですけど、最初に決めたのが、トム・クルーズと戦闘機の描写を推す内容にしないってことで。間口がもっとも広くなる言い方を考えて、最初に見せるキャッチコピーは「死んだ親友の息子と共に絶対不可能な任務に挑む」にしました。なるべく作品のテーマや物語から入ったほうが結果的に一番広いパイをつかめるのは、動画を作っていて感じます。もちろんトム・クルーズは若い人も知ってるだろうけど、固有名詞の時点で狭まってしまう。

久保 昔は誰が出演しているのか、どんなジャンルか、と映画の外見を意識してポスターも予告も作っていて。それが10年ぐらい前から、そもそも物語が面白くないと観てもらえない状況になった。我々が売っているものはなんだっけ?を考えたら、やっぱり物語だよねと。その原点回帰に伴って宣伝も変わってきたところがあります。

──物語への原点回帰と聞くと、どうしてもあらすじだけを説明したファスト映画を連想してしまいます。

久保 そこに戻ってしまいましたね。

しんのすけ 物語性を持つ創作物にとって物語が大事なのは当然なんですよね。映画本来の持ち味もそうですし、小説やマンガもそう。最初にも言いましたけど、映画にとっては物語と同じくらい映像演出が大事。でも一番広く伝わるのは物語であって、映像は文脈への理解や素養が必要で魅力を言語化しにくい。ファスト映画自体を肯定はしませんが、安易に物語だけを短時間で伝えるファスト映画がたくさんの人に観られてしまったのは必然だったのかもしれません。

左から久保浩章、しんのすけ。

プロフィール

久保浩章(くぼひろあき)

1979年生まれ、東京大学経済学部卒業。在学中にフラッグを創業し、2004年1月に株式会社化。代表取締役を務める。映画のデジタルプロモーションやソーシャルメディアマーケティングを中心に担当。2016年には、映画学校ニューシネマワークショップ(NCW)と経営統合を行い、後進の育成にも力を入れているほか、近年は映画の配給や国際共同製作にも取り組んでいる。

しんのすけ(齊藤進之介)

1988年生まれ。京都芸術大学映画学科卒業後、助監督として働く。2019年より映画感想TikTokerとして動画投稿を始め、主にエンタメや社会問題などを中高生に向けて発信。「TikTok TOHO Film Festival」の審査員を2年連続で務めたほか、イベント登壇も多数行う。

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読者の反応

Shinichi Ando @andys_room

「今は映画宣伝における重要度もソーシャルメディアがトップオブトップ。テレビ番組で取り上げてもらうより、SNSで口コミの波を起こすことに各社が力を入れている現状はあります。」
https://t.co/YEb21XHsL9

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