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松崎史也、初めてのブロードウェイ体験記

俳優なんだな、演劇は

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アメリカ・ニューヨークのブロードウェイで上演されている作品を紹介する本コラム。今回は、8月末に初めてニューヨークを訪れたという劇作・演出家で俳優の松崎史也に、現地で観た作品などの話を聞く。

もともと「演出家になるとは思っていなかった」と言う松崎は、三十代以降、自身でミュージカルの演出を手がけるようになり、ブロードウェイミュージカルに興味を持ち始めた。「ブロードウェイの空気を体感したかった」と明かす彼は、初めてのブロードウェイミュージカル観劇体験に、どんなふうに感性を刺激されて帰って来たのか。「いつもより興奮気味に話してしまいました(笑)」と照れる松崎のブロードウェイ体験記を送る。

取材・/ 大滝知里

なぜ歌や踊りに心が突き動かされるのか

ミュージカル「ハデスタウン」の劇場前。

──今回、初めてニューヨークを訪れたそうですね。

20歳のときにロンドンで、「一応観ておくか」くらいの興味で観に行った「レ・ミゼラブル」や「オペラ座の怪人」などのミュージカルで、言葉もわからず涙を流したということがあったんです。それで、「あの正体は何だったんだろう?」と思いながら、ずっと演劇を作ってきたようなところがあって。今回の滞在中は毎晩劇場に通ってミュージカルを観ていました。でもそれは、ミュージカルだから観たいというよりは“ブロードウェイの演劇が観たいから”というほうが自分の心に対して正しいですね。結果、なぜ歌って踊ってくれることがこんなにも楽しいのか、ワクワクして感動するのか、悲しめるのかということをありありと再認識できたと思います。

──歌や音楽の力を日本よりも感じられた、ということですか?

痛感しました。でもそれがブロードウェイの俳優との技術による差であると断ずることはできないなと思っていて。総合的に、作品を観るまでに敷かれている導線、例えば劇場に入る前までのサインやネオン、客席を含めた空間、そのムードといったことも、感情に与える影響が非常に大きいと感じました。ブロードウェイに行った人はその魅力を「行かないとわからない」と言うので、「またまたあ」と思っていましたが、“行く”以外に説明できないものなんだなと(笑)。

ブロードウェイで度肝を抜かれた作品は…

──滞在中は「スリープ・ノー・モア」という実験的な作品から、ロングランもののミュージカル、古き良きリバイバル作品、トニー賞を沸かせた新作まで、多彩な演目をご覧になったそうですが、それらはご自身で選ばれたんですか?

オススメを教えてもらいつつ自分で選びました。「MJ」や「ハデスタウン」「ハミルトン」といった新作に近いミュージカルは主に演出を観るために、「ザ・ミュージック・マン」は単純にヒュー・ジャックマンが観たかったですし、一方で「シカゴ」「オペラ座の怪人」は、これほどロングランが続いている作品が今、どのような演出や俳優の状態によって上演されているのか、それがどう客席に届いているのかも含めて、観ておきたかった。あとは身近な人たちが「観ておくべき」と言っていた「スリープ・ノー・モア」は、“待望の”という思いでした。

「スリープ・ノー・モア」より。(Photo by Umi Akiyoshi for The McKittrick Hotel)

──その中でも衝撃を受けた作品は何でしたか?

「ハデスタウン」と「ハミルトン」です。特に「ハデスタウン」は演出にも俳優にも、度肝を抜かれました。ギリシャ神話をベースに、竪琴弾きのオルフェウスが、冥王ハデスに連れ去られた恋人エウリュディケを取り戻すために冥界に行く、という話なのですが、竪琴弾きがギターを弾く歌手志望の青年になっていて。その恋人は青年の不安定な将来に思い悩んで、“生活が保障されている”という甘い言葉に乗って冥界に連れて行かれるんです。冥界が悪で主人公の世界が正義という描かれ方をしていないところも今っぽくて良かった。でも実は、そこは自分にとっては大きな面白ポイントでも感動ポイントでもなく、1幕ラストで主人公が地下世界(冥界)に入っていくときの演出があまりにも素晴らしくて……マスクの中で口がぽかんと開いちゃいました。

ミュージカル「ハデスタウン」より。(Photo by Matthew Murphy)

ステージの奥に螺旋階段があり、舞台中央には盆、その舞台奥側の半円を囲むように、3分割になるバンドの乗った階段状のアクティングスペースがあって。それだけで、潜っていくということは表現できるだろうなと思ったんです。その3分割されたスペースがバーッと開いていって、真ん中の盆が回りながら沈んでいく。いやあ、これ本当に説明が……難しいんですけど(笑)、フックに釣られた灯体をコンテンポラリーっぽく踊っていた人たちが5方向にブンッて投げると、それが振り子の原理で綺麗に揺れながら天井に上がっていくんですね。すると、割れたセットの奥からスモークと共に照明が差し、その中を主人公がせり上がってくるんです。

もう、誰が観ても「地下世界に降りて来たんだ!」ということがわかって。“見えないものを見えるようにする”のが演劇の武器だと思っていますが、これほどの説得力を持って“見てわかる”劇世界を作っていることに驚かされました。「オペラ座の怪人」でファントムがボートで彼の棲家に降りていく演出も素晴らしいですが、あの最新版という感じで。

──アップデートされているんですね。

あの演出を観るだけでも価値があると思います。現象の連続なので、言葉で説明するのは本当に難しくて……日本に帰って来てから何度も試みたんですけど、全然うまくいかないんですよね(笑)。で、2幕、いよいよ主人公がハデスタウンの中で歌うんですが、ざっくり言うと彼には“奇跡の歌声を持っている”という設定があるんです。“奇跡の歌声”って、演劇としては受け手の表現や照明やスタッフワーク、総じて演出で表現するところですが、彼の歌一発で「ああもう、“奇跡の歌声”だね」という歌声でして。

ミュージカル「ハデスタウン」より。(Photo by Matthew Murphy)

「ハデスタウン」では、舞台上で小さな明かりを当てられた彼が、ゆっくりギターを弾きながら、か細く歌うだけで、“奇跡の歌声”が表現されるんです。それで誰もが「この歌声は素晴らしい」とわかる。人工的に奇跡を作り出せるという衝撃と、主人公のみずみずしさ、弱さを内包する歌声に、「この歌声が聴けただけでいくらでも払える」と、涙が止まりませんでした。それは物語が同居しているからこその感動でもあって、なぜ彼がその歌を歌うに至ったか、彼はどういう人物で、何のために歌うのかという道筋があるからこそ、何十倍にもなって感動が押し寄せる。当たり前のミュージカルの文法ですが、舞台上に1本、剣のように突き立てておける輝きがあれば、それだけで良いのだということを改めて感じました。

──ミュージカル「スパイダーマン」の主演を務めたリーヴ・カーニーさんが現在、「ハデスタウン」の主人公を演じています。

今回の滞在で何本か観て、最終日あたりにキャストの力というか、「俳優なんだな、演劇は」と思い直せたことがすごく良かったです。空間を満たす楽しさ、華やかさは演出で再現が可能だと思えたことも良かったですが、そのうえで、心の芯や奥までわしづかみにして震わせる、その力は俳優が持っているものなんだなと改めて思いました。

「ザ・ミュージックマン」を振り返ってみても、同様の感動がありました。この作品は物語としても、演出としても新しさはないのですが、ヒュー・ジャックマンとサットン・フォスターの主演2人の素晴らしさが、まったく飽きさせない、むしろいろどり豊かで素敵な物語に見せていたなあ、と。

ミュージカル「ザ・ミュージックマン」より。(Photo by Julieta Cervantes)

マスクなしでフゥー!と言える環境の良さ

──コロナ禍でのニューヨークの劇場街についてもお聞きしたいです。日本とアメリカでは興行を取り巻く事情や環境が別物だと思いますが、コロナと演劇という観点から、何か得られたことはありますか?

劇場の中で人々がマスクを本当に着けていなかったことが衝撃でした。しかも、1曲終わるごとに「フゥー!」という歓声が上がるんです。僕自身はマスクを着けて観ていましたが、本来はそういった観客の反応があったほうが楽しいし、良いなと思っているので、周りが着けていないのは嫌ではありませんでしたね。ただ、この環境で俳優は感染しないのだろうか?という思いはあって……現在のニューヨークではコロナ以前と近い状態で公演が行われていて、もちろんアンダースタディなどの代役が整っているから、キャスト変更の対応は可能だと思うのですが。だから、もし、コロナをどう理解して、どう判断して、乗り越えたのかというノウハウがあるならば、ぜひとも知りたいです。観客が声を上げて観劇できるのはやっぱり楽しかったですし、「こっちのほうが良いな」って思いましたから。

人間は演劇を愛し、必要としている

ニューヨークの風景。

──そんな松崎さんが、今回のニューヨークでの体験をどうご自身の創作活動に生かしていくのかが気になります。

基本的には秘密なんですけど(笑)、本当に久しぶりに感性の毛穴がずっと開いた状態で生きていたなあと思える10日間でした。ブロードウェイをご存知の方がたくさんいる中で今更の話ですが、一番感動したのは、世界で一番エネルギーが集まる街、タイムズスクエアの中心にTKTSのチケットセンターが鎮座していて、LEDに囲まれた近未来の街並みに、最もエキサイティングなエンタテインメントと認識されている状態で舞台、ミュージカルがあること。その様子に、人間はこんなにも演劇が好きなんだなと完全に思えたんです。物語や演劇が必要であることは知識としても感覚としても持っていたことですが、事実として目の当たりにできたことがうれしくて、活力になりました。

それがどのように今後の創作に生かされるかというと、ロングランできる環境や演劇文化の土壌の違いで、日本でできること、できないことがあると思っています。でも、久しぶりに観客に戻れたこともあって、目の前で俳優が素晴らしいものを見せてくれたことに対し、その場で称賛を贈ることでこんなにも満たされるんだと感じましたし、自分の信じる演劇の面白さや価値、感性を俳優と共有して、正しい手順で積み重ねていけば世界に通用するなとも思えました。

──確信を得て、パワーアップされた感じですね。

「ああ! やっぱりそうか!」っていう(笑)。パワーもみなぎりましたし、やってみたいこと、いっぱいあります。舞台装置の使い方や楽曲の構成など、技術的にインスパイアされた部分は、機会があれば自然と作品の中で反映していきたいと思います。

プロフィール

1980年、東京都生まれ。脚本・演出家、俳優。2002年に俳優・演出助手として活動を開始し、2010年に演出家としてキャリアをスタートさせた。2014年、自身が主宰を務めるSP/ACE=projectを結成。近年の主な演出作に「MANKAI STAGE『A3!』」シリーズ、「『FINAL FANTASY BRAVE EXVIUS』THE MUSICAL」など。9月28日から10月10日まで、総合演出・出演を担う「人狼TLPT 10th Anniversary -ROSERIUM-」が上演中。

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