映像で音楽を奏でる人々 特別編 [バックナンバー]

坂本慎太郎の“映像作家”としての顔に迫る

コピー用紙650枚、鉛筆、マーカー……D.I.Y.手描きアニメMVはどのように生まれたのか?

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全部人力、時代に逆行してるんです

「ある日のこと」と過去のアニメMVを見比べてみると、坂本の言う“前とは違ったこと”を積み重ねてきたのがわかるし、もちろん自ら編集を手がけたことで生まれた音のシンクロの絶妙さも感じた。加えてこれまでの作品との変化を挙げるなら、今回は動画それ自体がなんだか滑らかになっている点だろうか。

「今回は、ところどころでコマ数を倍にしています。以前は16ビートでハイハット1刻みに対して1枚だったんですけど、今回はそこに2枚入れてるところがある。いろいろと試す中で、倍にしたほうが面白かったんですよね。動きがすごく滑らかというか。速いコマの中でキャラがゆっくりと動くのが曲と合ってるなと思ったんです」

坂本慎太郎「ある日のこと(One Day)」MVのイラスト原画。

「あと1枚1枚をちゃんと描く、というのはずっとこだわってますね。例えば体は静止させて足だけ動かすとかじゃなくて、そのキャラが動いてないシーンでも1枚1枚描いていく。背景が同じでも1コマごと描きます。そうすると背景が少しぶるぶる震えて見える、そういうのがいいなと思っていて。1枚だけ描いて静止画にするのは自分的には面白くないんですよね」

「実はこのMV、当初は白黒の作品になるはずだったんですよ。でもなんだか面白くないというか、今までよりクオリティが落ちているような気がして。それで色を足してみたらいい感じになったので、大変だったけど白黒の絵に色を塗って途中からもう一度スキャンし直したんです。そのほかのこだわりで言うと、エフェクトとかも使わない。全部人力、時代に逆行してるんです(笑)」

坂本慎太郎「ある日のこと(One Day)」MVのイラスト原画。

コントロールできない難しさ

手描きアニメMVで作画から編集までを自らディレクションしている坂本だが、実写MVでは自身の中にあるイメージを映像作家に共有して作品を作り上げている。その中には旧知のミュージシャンであり映像作家でもあるVIDEOTAPEMUSIC(2015年公開の「悲しみのない世界(You Ishihara Mix)」と2019年公開の「小舟」。※「小舟」は編集のみ)や、井手健介(2021年公開の「おぼろげナイトクラブ」と「ツバメの季節に」)を起用した作品もある。映像作家とタッグを組む場合、その人選はどのように行っているのだろう。

坂本慎太郎

「実写MVの場合、自分でコントロールできない領域というか、どうなるかわからないので、任せるしかない部分が大きいんです。知らない人にお願いして大失敗する可能性もあるから、それは怖いじゃないですか。そういう意味では、“はじめまして”みたいな人にお願いすることはバンド時代からないですね。ビデオくんや井手くんだったらいろいろ微妙な注文をしてもわかってくれる。それにダサいものにならない保険みたいなものがあるから安心して頼めるんです」

「山口保幸さんにお願いした『物語のように』のMVは何度か打ち合わせをしたし、撮影に入る前に参考映像を渡したりして質感のすり合わせもしました。山口さんもエフェクトのテスト映像を事前に送ってくれて、意思の疎通ができていたんです。あのMVは自分が思った通りの感じになったし、山口さんのアイデアでひねりを入れてよくしてくれました」

「誰かにお任せで好きにやってほしいみたいなのは、曲とその人の作風の相性がいいなと思ったらお願いしたいけど、『ある日のこと』では、それが思い浮かばなかったんですよ。あと、ちゃんとしすぎない感じがいいし、あんまり真面目っぽくなるのも違くて、そのニュアンスを人に伝えるのは難しい。自分でやると、そのへんは好きなようにできますから」

坂本慎太郎「ある日のこと(One Day)」MVのイラスト原画。

“これだけやってていい”が憧れだった

YouTubeで公開された「ある日のこと」には、さっそくたくさんのコメントが付いている。そして、いつもながら海外のさまざまな言語でのコメントが多い。これまで発表されてきた坂本自作のアニメMVについて「坂本慎太郎は自分でこのアニメを作っている」という海外からの書き込みに対し、別の海外のファンから「マジで?」と返信が付いているのをSNS上で見かけたこともある。さも普通のことのように坂本はこの取材にも答えてくれているが、実際の労力は連日連夜におよぶものすごいものだ。坂本自身も「普通やんないですよね。見た人に『気持ち悪い』って引かれちゃうんじゃないかと思ったりもします」と苦笑しながら語っていたが、膨大な作業自体は大して苦になっていないようだし、むしろ陶酔の時間のようにも思える。

坂本慎太郎「ある日のこと(One Day)」MVのイラスト原画。

「子供の頃から我を忘れて1つのことにのめり込んじゃうタイプでしたね。学校やバイトに行かなくてよくて、“これだけやってていい”というのが憧れでした。朝から晩までずっと何かを作っていい環境というのが、子供の頃から理想だったんです。今はそれが遊んでるわけじゃなくて、仕事にもなってるんですけど」

坂本慎太郎「ある日のこと(One Day)」MVのイラスト原画。

「ある程度ソフトの使い方がわかったら、描いて並べてすぐに動きを見れるから、すごく面白いですよ。Premiere Proは絵を並べるくらいのところまでしか使えてないんだけど、まだいろんな機能があるから面白そうだし、やり出すとハマっちゃいそう。でも、そうすると音楽をやる時間がなくなっちゃうんですよね。今回、アニメの制作期間中にギターに一切触らずにいたら、めちゃくちゃ下手になりましたから(笑)」

それでもまたいつか時間ができて、アイデアが浮かんだら、アニメを作りたくなるかも? その質問に対して、坂本は否定はしなかった。

「ライブをやらなくていいなら、またアニメは作りたいですね。ただ、本業が疎かになりそうなんで、あんまり深入りしないようにしようとは思ってます。でもレコードを作るとしたら、音だけじゃなく、ジャケとかMVとかまで全部セットで考えてる。自分で全部やれたらトータルで完成させられる、そういうのはいいですよね」

坂本慎太郎

坂本慎太郎が影響を受けた映像作品

ブルース・ビックフォード「The Amazing Mr. Bickford」(1987年)

フランク・ザッパが70年代に見出し、自宅の地下室を住居兼アトリエとして寝泊まりさせていたクレイアニメ作家、ブルース・ビックフォード(1947-2019)。彼のイマジネーションと創作力は「Baby Snakes」など、ザッパの映像作品でも大きくフィーチャリングされている。「The Amazing Mr. Bickford」はその集大成的な映像作品だが、2022年現在、DVD / Blue-ray化はされていない。なお2016年の来日時に東京・LIQUIDROOMで開催されたイベント「チャネリング・ウィズ・ミスター・ビックフォード」では、ブルース・ビックフォードの映像に合わせ、坂本慎太郎、AYA、菅沼雄太による即興演奏が行われた。

「ブルース・ビックフォードが延々と作り続けた作品をまとめたVHSです。彼の作品では、変なものが変なものへとメタモルフォーゼしていくんです。彼の線画のアニメーションもあって、まだデジタルじゃない頃の作品なんですけど本当にすごい。とにかく一番の衝撃を受けた映像作品ですね」

アレハンドロ・ホドロフスキー「ホーリー・マウンテン」(1973年)

ジョン・レノンも心酔した映画「エル・トポ」(1970年)の監督・主演・音楽を担当したチリ出身の映画監督アレハンドロ・ホドロフスキー。「ホーリー・マウンテン」は、彼が「エル・トポ」の次に、ジョン・レノン&ヨーコ・オノらの資金援助を得て制作した映画。神話的なファンタジーとサイケデリックなイメージが交錯する問題作で、日本では1988年に初公開された。

「20代の頃にVHSビデオで観たんですけど、とにかく服装とか部屋とか、全部のカットのビジュアルがカッコよかった。当時、サイケデリックポスターとかが好きなのもあってすごく影響を受けました」

坂本慎太郎(サカモトシンタロウ)

1989年に結成したゆらゆら帝国でボーカルとギターを担当。バンドは10枚のスタジオアルバムや2枚組ベストアルバムなどを発売後2010年に解散した。翌2011年に自主レーベル・zelone recordsを設立しソロ名義での1stアルバム「幻とのつきあい方」をリリース。2013年にシングル「まともがわからない」、2014年に2ndアルバム「ナマで踊ろう」、2016年に3rdアルバム「できれば愛を」を発表した。2017年にドイツ・ケルンで開催されたイベント「Week-End Festival #7」で初のソロライブを実施し、2018年1月には東京・LIQUIDROOMで国内初となるソロでのワンマンライブを開催した。2022年6月に約6年ぶりとなる最新アルバム「物語のように(Like A Fable)」を発表し、現在は本作を携えた国内ツアー「坂本慎太郎 LIVE 2022 "Like A Fable"ツアー」を開催中。また自身の制作のほかにも、さまざまなアーティストへの楽曲提供やアートワークの提供など、その活動は多岐に渡る。
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MVのイラスト制作にコピックチャオをご使用いただいていたそうです。ありがとうございます✨
手描きのカットを1枚1枚自作されたそうです。

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