佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 6回目 前編 [バックナンバー]

作家・朝井リョウとアイドルシーンの多様性を考える

大好きだけど、こんな気持ちで応援してもいいの?

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優しいままだと強くなれない?

佐々木 「ASAYAN」が流行っていた2000年頃、テレビやメディアを観ていて感じたのは、アイドルを売り出そうとする大人たちの仕掛けにはマッチポンプ感が漂っているんだけど、その中にいるアイドル本人たちは本当に一生懸命にやっているんだということでした。その子たちの汗や涙は、たとえすべてカメラを向けられてやっていることだとしても、やっぱりインチキや演技じゃないと感じたし、「この子たちは本気なんだ」と感動していた部分もあって。アイドルがアイドルであるがゆえに、ある種のメカニズムや決まり事があって、でもその中で動いているアイドル本人たちは1人ひとり生身の人間だという。いろんな性格でいろんな感情を持っているということを、観る側の我々がどう受け取っていくべきなのかというのが、結局アイドル問題の大きなテーマだと思うんですよね。

朝井 大人が外枠を作るけど、中にいる人たちは本気だという緊張感が、特に最近は強くなってきていると感じます。枠組みの中でカメラに撮られているその人は、生身で本気の人間。結局人工的に作られたものよりも生身の本気が刺激的だから、注目も集まりやすい。恋愛リアリティショーも似た構図ですよね。だから究極、作りものの枠組の中で制作側と演者たちが完全に手を組んでいるとかだったら、後ろめたさもなく観ていられる。ただ、それを面白いと思うかはまた別の話、という繰り返しです。

佐々木 そうなると純粋に楽しめないというジレンマがありますよね。

朝井 それはドラマなのでは、となりますもんね。

佐々木 2000年代の終わり頃からSNSがものすごく普及したじゃないですか。朝井さんは小説家として、インターネット以後の世界における人々の生きづらさや生きやすさをいろんな作品で問うていると思うんですが、アイドルたちも今まさにその渦中にいるんじゃないかと思うんですよね。アイドルって知名度を上げるためにも、SNSとは切っても切れない関係というか。2009年以降、AKB48がブレイクしたり何度目かのアイドルブームが再来した頃って、ちょうど世間にSNSが浸透していく時期でもあったし。その後、いろんな配信ツールが普及して社会やメディア環境がどんどん変わっていく中で、アイドルの人たちもそのせいで新たな傷を負うようになってきた。そういう状況に嫌気が差したりうんざりしてしまう感じもまたあるのかなと。

朝井 私たちが疲れてきているんですかね?

南波 ああー、確かに。

佐々木 SNSや環境が変わっていくだけで、ケースとしては同じようなことばかりが繰り返されていると思うんですよね。でも一方で、こういううんざりしてしまうような状況を楽しんでいる人もいたりして。

朝井 わかります。

南波 自分に関して言うと、時代の流れや加齢とともに仕事に対する意識が変わってきたところがあります。30代前半の頃は、インタビュアーとしてもっと相手に入り込んで引き出さないと、と思っていたところもあるから、今思うとすごくデリカシーのないことも聞いちゃっていたなと。「これはちょっと意地悪すぎるだろう」という質問をすることもあったので、昔のインタビューは読み返せないなと思うこともあります。今はもう少し優しくありたいというか。

朝井 優しさって、今いろんな小説の中で出会うキーワードな気がします。私がアイドルやオーディション番組をよく観るようになって考えているのが、まさに「優しいまま強くなることってできるのかな?」ということなんです。BLACKPINKのドキュメンタリーを観たら、メンバーは口々に「もっと家族といたかった」「もっと友達と遊んで青春を謳歌したかった」と話していました。映像としては「BLACKPINKはそういう苦労を重ねながら練習生時代をがんばって、今や世界的なスターに!」という展開だったんですけど、視聴者の反応は「これって人権侵害では?」というものも多かったんです。私は歌やダンス問わずスキルがある人がステージで爆裂に輝くのが好きなんですけど、そういう突出したパフォーマンスをする人たちは何かを犠牲にしている可能性が高いだろうし、犠牲にしないとプロにはなれないんだろうと思う反面、厳しい環境に身を置かないと強くなれないのかな、と感じることもあります。強くなるには武器を持って武装するしかないのかな、というか。

佐々木 なるほど。

朝井 この数年でK-POPもたくさん聴くようになったんですけど、知れば知るほどアーティストたちの生活はハード。「優しいまま強くなるにはどうすればいいんだろう?」というのが、ここ数年私の中で大きなテーマになっています。でもその一方で、歌やダンスが全然うまくないのに自分に甘い人のステージに感動できるかと言われたら、私の場合、やっぱり無理だと思うんです。

佐々木 パフォーマンスや作品におけるクオリティの高さと、人として大事なものが守られる優しさみたいなものが共存できるようになったらいいなと?

朝井 どうにか実現できる道があるのではと思いつつ、私個人としてはスキル好き人間なのがジレンマです。ストイックに努力を重ねて、ステージ上で歌舞伎役者かってくらいパワーを放つ小田さくらさん(モーニング娘。'21)が好きというところからも、結局はすごくがんばっている人が好き……。

佐々木 スキルがあると言っても、努力や鍛錬の結果すごくなる人と、生まれながらのアイドルというか、天性の才能みたいなものを持っている人もいるわけじゃないですか。朝井さんは前者のほうに惹かれる傾向にあるんですね。

朝井 天才が努力している、が一番好きです(笑)。好きというか、圧倒されたいんです。ステージ上の人には自分のような一般人を突き放してほしいという思いがあるんです。スキルの高さに関しては日韓のアイドルにおいていろんな論争がありますよね。私もK-POPにハマりたての頃は「こんな高レベルだなんて!」と感激したのですが、いろいろ調べるうち、そこまで過度に鍛錬を積まなくてもステージに立てるほうがアイドルを取り巻く環境としては生きやすいし優しいのかな、とか考えるようにもなりました。スキル至上主義じゃないのって決して悪いことばかりでもないのかも……という。

左から佐々木敦、南波一海、朝井リョウ。

<次回に続く>

朝井リョウ

1989年生まれの小説家。2009年に「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。2013年に「何者」で第148回直木賞、2014年に「世界地図の下書き」で第29回坪田譲治文学賞を受賞。2019年、「どうしても生きてる」がApple「Best of Books 2019」ベストフィクションに選出。2020年10月に作家生活10周年記念作の第1弾作品「スター」、2021年3月に第2弾作品「正欲」を発表した。現在雑誌「CD Journal」にて小説家・柚木麻子、ぱいぱいでか美とともにハロプロ愛を語る企画「柚木麻子と朝井リョウとぱいぱいでか美の流れる雲に飛び乗ってハロプロを見てみたい」を連載中。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。2021年7月よりnoteにて連載「アイドルは沼じゃない」と、“ひとり雑誌”「佐々木敦ノオト」を更新中。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

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読者の反応

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杉本(ガールズ・オン・ザ・ラン) @poredom_me

朝井リョウ『武道館』で卒論書こうとしてるんだけど、改めてこの対談超面白い。特定の推しにのめりこむことってあまり無くて、アイドルファンというよりアイドルウォッチャー気質なんだよな私も、、。

https://t.co/UyDWUOBEI5

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