アーティストの音楽履歴書 第41回 [バックナンバー]

小出祐介(Base Ball Bear)のルーツをたどる

信じ続けるギターロックの可能性、90年代音楽に憧れた少年がBase Ball Bearらしさを確立するまで

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アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は結成20周年を迎えたBase Ball Bearの小出祐介(Vo, G)に音楽的なルーツを聞いた。

取材・/ 森朋之

Mr.Children「深海」に影響を受けたアルバムの概念

「この曲のCDが欲しい」と初めて思ったのは、サザンオールスターズの「エロティカ・セブン」です。小学校4年生のとき、夕方にテレビを観てたらいきなり流れてきて、「カッコいい!」と衝撃を受けて。僕の実家は金物屋なんですけど、仕事中の父親に「このCDが欲しいです」って言いました。もちろん歌詞の意味はわかってなかったので、メロディとリズムに惹かれたんでしょうね。家族で初めてカラオケに行ったときに「エロティカ・セブン」を歌ったら父親が苦笑してました(笑)。

9歳の頃。

初めて通して聴いたアルバムは、Mr.Childrenの「深海」ですね。小6のときに幼馴染みと図書館で勉強してたら「姉ちゃんが言ってたけど、次のミスチルのアルバムがめっちゃいいらしいよ」と教えてくれて。そんなに言うならみたいな感じで買ってみたら、それまで聴いていたミスチルのヒット曲とはだいぶ違って、かなり暗いムードだけど「いいな」と思ったんです。「深海」が原体験なので、自分の中で「アルバムはコンセプトがあるのが当たり前」みたいになって。その影響はBase Ball Bearの作品にも出てますね。

小学校の頃から音楽は好きでしたが、「THE夜もヒッパレ」とかを観て、ランキング20位くらいまでの曲をレンタルして聴いてたくらいで、演奏してみたいという気持ちはまったくなかったんですよ。ピアニカやリコーダーも下手だったし、音楽は聴くもの、という感じ。楽器に興味を持ったきっかけの1つは、音楽の先生に「小出くんの指は楽器に向いてる」と言われたことかな。爪が小さくて、指の肉のほうが先に出てるから、ピアノの鍵盤に爪が当たらないし、ギターの弦とかも押さえやすいよ、と。まあそのときは「へー、そうなんだ」と思っただけでしたけど。

Deep Purpleのギターソロに驚愕し毎日ひたすら“速弾き風”

実際にギターを弾くようになったのは、中1のときにバスケ部を辞めてから。中高一貫校だったんですけど、中1で部活を辞めちゃったら、5年間帰宅部ってことじゃないですか。それはさすがにヤバいというか、「何かやること見つけないとな」と思ったときに、父親がアコースティックギターを持っていたことを思い出して。倉庫にしまってあったのを引っ張り出して、とりあえずコードを2、3個教えてもらって、あとは自分で歌本を見ながら練習してコードを少しずつ覚えていきました。ゆずが登場してからはアコギが流行ったけど、僕が始めた頃は周りの誰も弾いてなくて。そもそも学校に軽音楽部がなかったから、周りに楽器をやってる人が誰もいなかったんです。ギターを弾いていることを人に話すこともなかったし、1人で勝手に始めた感じでした。ちなみに初めて弾けるようになった曲はPUFFYの「MOTHER」。そういえば年上のいとこに「お前は飽き性だから、どうせギターもすぐやめるだろ」と言われて、「は!? 絶対やめねえぞ」と思った記憶があります(笑)。

Fのコードとか、セーハ(1本の指で複数の弦を押さえる奏法)がちょっとできるようになった頃に、父親から「ギターやるんだったら、これくらい弾けるようにならないとな」とCDを渡されて。それがDeep Purpleの「LIVE IN JAPAN」だったんですよ。王様の「深紫伝説」(Deep Purpleの代表曲を直訳の日本語でカバーした楽曲)は知ってましたが、「LIVE IN JAPAN」を聴いて「本家はこんなにすごいんだ!?」とビックリして。「Highway Star」のギターソロ、すごいじゃないですか。最初はジョン・ロードのオルガンとリッチー・ブラックモアのギターが聴き分けられなかったんですけど(笑)、「ギターってこんなこともできるの? 俺が弾いてるアコギと全然違うんですけど」と思ったし、そのあとすぐにエレキギターを弾くようになって。ライブビデオを観ながら、速弾き風の練習を1年くらい毎日やってました。そのほかにもジミ・ヘンドリックスやCreamなんかも聴いてましたね。リッチーもジミヘンも(エリック・)クラプトンもスーパーギタリストですけど、自分は中学生でそれが弾けちゃう天才ではなかったです(笑)。

Oasisのコピバンはすぐ解散するもバンド活動が目標に、小出少年を刺激した90年代の邦楽シーン

リアルタイムの洋楽を聴き始めたきっかけは中2のとき、ドラムをやってる音楽好きのやつと同じクラスになったこと。そいつがブリットポップを教えてくれたんです。ちょうどOasisの「Be Here Now」(1997年リリース)が出た頃で、それがめちゃくちゃカッコよくて。それまでは古いイギリスのロックとJ-POPしか知らなかったから、歪んだギターでポップな曲をやってることに衝撃を受けたんですよね。それでOasisのアルバムを全部買って、ギターの練習を始めました。まず「Supersonic」をコピーしてみたら、それまで速弾きばかり練習してたので、「ギターソロ、遅っ!」と思ったし、あっと言う間に弾けるようになったんですよ。「Wonderwall」や「Cast No Shadow」みたいなアコギ中心の曲も弾いて、「ストロークとアルペジオだけでこんなにカッコよく聴かせられるのはすごい」と思って。で、中3のときにOasisのコピーバンドをやるんです。そのバンドの初ライブを関根史織(B, Cho / Base Ball Bear)が観ていました。

僕はOasisのコピーバンドでノエル・ギャラガーのパート、要はリードギターのみを弾いていたんです。歌うという発想はまったくなかったけど、ボーカルの歌が下手すぎて「さすがに僕のほうがマシだろ」とは思ってました(笑)。その後、楽器屋のバンドコンテストに出ることになって、TRICERATOPSのカバーもやろうという話になり。ボーカルの子が「キーが合わない」とか言うから、1曲だけ僕が歌ったんですよ。曲は「ロケットに乗って」。人前でギターを弾きながら歌ったのは、それが初めてでしたね。

そのバンドはすぐ解散しちゃったんだけど、自分は完全に「バンドを続けたい」と思ってました。カッコいい日本のバンドがどんどん出てきたのもデカかったですね。TRICERATOPS、くるりGRAPEVINE、スーパーカー、Dragon Ash……とか。スペースシャワーTVも観るようになって、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、BLANKEY JET CITYの存在を知って、キングギドラ、RHYMESTERなどのヒップホップも聴き始めて。NUMBER GIRLのライブ映像にも衝撃を受けました。電気屋のテレビでたまたま見たのが最初なんですけど(笑)、「何これ? すご!」って。

バンド熱が戻った高1の夏、そしてBase Ball Bearの始まり

高校生になって、関根と「バンドやろう」ということになったんですが、メンバーが全然見つからなかったんです。楽器屋とか雑誌でメンバー募集をかけたり、自分が加入できそうなバンドを探したりしたけど、合う人がいなくて。当時、メロコアの人気が強かったのも、自分にとってはよくなかったんですよ。めちゃくちゃ流行ってたし、メロコア人口もたぶん多かったんですけど、自分がパンクをまったく通っていないのでメンバー探しが難航してしまったんです。

バンドが全然組めないもんだから、だんだん「どうでもいいや」という感じになって。そのとき、のめり込んだのが映画。ライブ映像が観たくて加入してたWOWOWで、いろんな映画を放送していることに気付いて、そっちが面白くなっていたんです。ミニシアター系をいろいろ観てみたら「商業映画以外にもいろんな作品があるんだな」と。黒澤明とか小津安二郎などの名画も、こんなにいいのかと感動したりして。もともとホラー映画が好きだったから、ジョージ・A・ロメロとの出会いは興奮しましたね。高1の初めくらいの時期は、映画監督になりたいと思ってました。

バンドへの熱が戻ってきたのは、高1の夏休み。Oasisのコピーバンドのベースが新しくバンドを始めて「TRICERATOPSとかGRAPEVINEの曲もやってるから、スタジオに練習を見に来てよ」と誘われたんです。そこにいたのが堀之内大介(Dr, Cho / Base Ball Bear)。同じ高校でしたが、そのとき初めて会ったんですよ。当時の堀之内は見た目が子供っぽくて、年下かと思いましたね。で、そのバンドで文化祭に出ようと思っていたら、ベースのやつがタバコで停学食らっちゃって。練習スタジオがあった秋葉原の神戸らんぷ亭で冷しゃぶ定食を食いながら堀之内と「どうする?」と話し合っているときに、「実はいいやつを知ってるんだよね」と切り出したのが、Base Ball Bearの始まりですね。初ライブはその文化祭ライブでした。

17歳の頃。

下北沢GARAGEの独特のホーム感、周囲と距離を取り確立したBase Ball Bearらしさ

Base Ball Bearを結成してからすぐにオリジナル曲もやりたくなって、マルチトラックレコーダーを買って1人でデモ音源を作り始めました。ベースは持ってなかったから、ギターでベースラインを弾いて、イコライザーで低音を持ち上げて(笑)。レコーディングのやり方はもちろん、ライブハウスに出る方法も一切わからなくて、デモを作るしかやることがなかったんですよ。スーパーカーもデモテープでオーディションに受かって、デビューが決まってからライブをやり始めたのを知っていたので、「俺らもそれでいこう」と。根拠もなく曲はいいんじゃないか?という気がしてたし、いきなりプロになろうとしてたんですよね(笑)。

最初にデモを送ったのは、当時、東芝EMIにいた加茂啓太郎さんがやっていた新人発掘セクション「GREAT HUNTING」。すると、音源を送って2週間くらいで加茂さんから「ラジオで流していいですか?」と連絡があったんです。「ヤバい、俺、才能あったんか!?」とビックリしましたよ(笑)。このきっかけを逃しちゃいけないと思って、それからも2週間に1度くらいのペースで4、5曲くらい「GREAT HUNTING」宛にデモを送り続けてたら、加茂さんから今度は「ライブやりませんか?」と誘われて、下北沢GARAGE(東京都のライブハウス。2021年12月31日に閉店)にブッキングしてもらったんです。それからですね、GARAGEに出入りするようになったのは。

下北沢GARAGEは独特のホーム感のあるライブハウスでした。当時の店長の出口和宏さんが持ってる磁場みたいなものがあったし、GARAGEを介して知り合いも増えました。僕たちが出入りし始めたのは18、19歳の頃だったので、当然、周りは年上の人ばかり。学校にはあまり友達がいなくて、1人でいることが多かったんですけど、GARAGEに行くと年上のバンドマンが認めてくれる。それがとにかくうれしかったし、GARAGEに居場所を見出すようになりました。出口さんの誘いでGARAGEでバイトするようになり、それからはGARAGEが家みたいな感覚になってましたね。何年か経つと、後輩というか、年下のバンドとも接するようになって。当時はズットズレテルズというバンドをやっていたハマ・オカモト(OKAMOTO'S)やRyohuKANDYTOWN)など。同じ事務所のReiちゃんはGARAGEでバイトしてましたね。

2006年にメジャーデビューする前は下北沢のライブハウスを中心に活動していて、同じ界隈のバンドとはある程度、距離を取ろうとしていました。2000年代初頭の東京はライブハウスブームだったんですが、ACIDMAN、ASIAN KUNG-FU GENERATION、レミオロメン、フジファブリック、ART-SCHOOL、ストレイテナーなどがメジャーに進出してからは、ちょっと下火になって。その後「みんなで下北沢を盛り上げよう」みたいな動きがちらほらあったんです。でも、そこに入ってしまったら外に出づらくなるような気がして。孤高ぶってたというか、音楽的にも周りと違うことをやろうと思っていましたね。ギターサウンドもどんどんエッジィにしたし、今で言う四つ打ちも「ダンスビートを導入していこう」と取り入れ始めて。もちろん、いろんなバンドの影響はあるんですけどね。NUMBER GIRLのギターサウンド、TRICERATOPSのビート感、スーパーカーのツインボーカルだったり。先人たちから取り入れたもので成り立ってたんですよね、Base Ball Bearは。

近々、ギターが勝つ時代が来る

Base Ball Bear結成から20年経ちましたが、音楽のトレンドはずっと意識しています。流行ってるものを取り入れるのではなく、トレンドに対してどういう距離感でいるのかを大事にしています。周りと同じことをやってもしょうがないし、それをやると楽曲の耐用年数が短くなってしまうと思うんですよ。そのときに流行ってるものの“ちょっと先”というか、すぐに消費されないものを作ったほうがいいので。

今は「近々、ギターが勝つ時代が来る」と思ってるんですよ。“どれだけギターの音がカッコいいか選手権”じゃないけど、ギターロックの時代がまた来るんじゃないかなと。この前、アジカンの後藤正文さんと話したときに「最近はキッズのモードでパワーポップをやってる」みたいなことを言っていて。僕らも同じで、今はキッズでありたいという気持ちが強いんです。ドラムがバカスカ鳴ってて、ギターもドガーン!みたいな(笑)。「ギターロックって伝統芸能だな」と思うこともあるけど、絶対にこれが一番カッコいい。伝統芸能のよさをみんなが思い知ればいいなと思ってます。

最近で一番すごいのは、ゆっきゅん。自分が「生活の見える歌詞」が好きというのもあるんですけど、それにしても、ゆっきゅんの書く歌詞には主人公が生きているのがよく見えるんですよね。ドラマティックではない言葉や、大げさではない言葉で派手にポップスを作るというのは並大抵なことではないです。それをしれっと達成しているので、これからもっとゆっきゅんに歌詞を書きまくってほしいです。

小出祐介(Base Ball Bear)を作った25曲の再生はこちら

小出祐介(コイデユウスケ)

Base Ball Bear。中央が小出祐介。

Base Ball Bearのボーカルギター。バンドは同じ高校に通っていたメンバーによって学園祭に出演するため2001年に結成された。2006年4月にミニアルバム「GIRL FRIEND」でメジャーデビューを果たし、2010年1月には初の日本武道館単独公演を開催。2016年3月よりバンドは小出、堀之内大介(Dr, Cho)、関根史織(B, Cho)の3人体制で活動している。2018年、小出によるソロでもバンドでもユニットでもグループでもない新プロジェクト・マテリアルクラブが始動。このプロジェクトではさまざまなゲストを迎えて楽曲を発表している。2022年11月にBase Ball Bearとして3回目、約10年ぶりの日本武道館公演を行う。

Base Ball Bear 20th Anniversary 「(This Is The)Base Ball Bear part.3」

2022年11月10日(木)東京都 日本武道館

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Base Ball Bear 小出祐介 @Base_Ball_Bear_

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