無音ミュージックガイド (後編) [バックナンバー]

CDやストリーミングの時代になり、それまでと違う役割を持った“音のない曲”

ジョン・ケージ「4'33"」初演から70年、今改めて振り返る“無音の音楽”

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アルバムをコンセプチュアルにする無音

曲の頭を厳密に設定できるCDは、アナログレコードとは違って無音トラックを連続で何曲も収録できることもあり、1990年代にCDの全盛期になると、無音を活用した遊びが多く見られるようになった。前編で紹介したミスチルの「ヒカリノアトリエ」「himawari」と同様に、最後の曲が終わったあとに無音を追加してその後にシークレットトラックを隠すというのは、レコード時代にもあった手法だが、CD時代になると特に流行した。

BUMP OF CHICKENの多数の作品

BUMP OF CHICKENがこれまでに発表してきたアイテムには、映像作品も含めてほぼすべてにシークレットトラックが仕込まれている。そのため多くのCDには無音トラックが収録されているが、それらの無音には「CDの合計収録時間はリリースされた年や当時のメンバーの年齢を表している」「合計したトラック数はアルバムのタイトルにちなんでいる」などの意味が込められているのではないかと言われている。無音を加えることによってちょっとした謎解き要素をプラスし、CDというプロダクトを遊び心のあるアイテムにしている例だ。

Korn「Follow the Leader」の序盤13トラック

1998年に全米アルバムチャート1位を記録したKornの3rdアルバム「Follow the Leader」は、CDで聴くと1曲目から12曲目までが無音になっている。この理由については本人たちの口からは語られていないようなので実際のところはわからないが、13トラック目からアルバムが始まって25トラック目で終わる(=13トラック分の曲が収録されている)という構造であることから、西洋で“忌み数”として不吉の象徴とされている「13」という数字になんらかのこだわりがあるのかもしれない。

Korn「Follow The Leader」の再生はこちら

‎Fantômas「Fantomas」「The Director's Cut」の13曲目

「13」にこだわった例はほかにもある。Faith No MoreやMr. Bungleのボーカルとして知られるマイク・パットン率いる‎Fantômasが、1999年にリリースしたアルバム「‎Fantômas」、および2001年にリリースしたアルバム「The Director's Cut」は、いずれも13曲目に無音トラックが収められている。

‎Fantômas「Page 13」の再生はこちら

‎Fantômas「Untitled」の再生はこちら

BUCK-TICK「13秒」

またBUCK-TICKが2005年にリリースしたアルバム「十三階は月光」も同様に、アルバム中盤の13曲目に13秒間の無音トラック「13秒」を収録。アルバムタイトルも含めて、本作での彼らの徹底した「13」へのこだわりを感じさせる。

BUCK-TICK「13秒」の再生はこちら

CD-DA規格でトラック数が最大99と定められていることから、上限の99曲目にシークレットトラックを入れるために膨大な無音トラックを詰め込んだCDもいくつか発売された。例えばNine Inch Nails「Broken」、Marilyn Manson「Antichrist Superstar」、大塚愛「愛 am BEST」などはいずれも99トラック入りで、本編終了後からシークレットトラックまでの間に数十トラックもの無音が収められている。Corneliusのオリジナルアルバム「69/96」およびそのリミックスアルバム「96/69」は、そのタイトルにちなんで69曲目と96曲目にシークレットトラックが収録されており、アルバム本編終了後から68曲目までが波の音、70曲目から95曲目までが無音になっている。この時期、CD時代ならではの“無音の曲”が世界各地で大量に生まれることになった。

MUCC「シャングリラ」本編終了後の無音

MUCCが2012年にリリースしたアルバム「シャングリラ」は、本編として収録されているのは13曲だが、14曲目から68曲目まで無音トラックで、69(ムック?)曲目にシークレットトラック「MAD YACK」が収められている……と、ここまでは上記の例と変わらないが、このアルバムはそれだけで終わらない。iTunesなどでこのCDを読み込むと、無音トラックのタイトル欄に英数字が書かれており、これをつなげて読むとファンへの感謝のメッセージになるのだ(※8)。何が書かれているのかは実際にCDを入手して確認していただきたい。

ムック「シャングリラ(通常盤)」
Amazon.co.jp

これらの例は前編で紹介してきたジョン・レノンやジョン・デンバー、Orbitalらのパターンとは異なり、無音トラックそのものに意味があるというよりも、アルバムやシングルをよりコンセプチュアルにするために無音トラックが存在していると言える。しかしこういった構造のアルバムは、CDをリッピングしてシャッフル再生するときには大量の無音が邪魔でしかないのが正直なところ。また配信が主流になって単曲販売が行われるようになると、無音トラックが売られていても購入する意味がないこともあり、時代の流れとともにこういう仕掛けはだんだん少なくなってきている。

とはいえ、このようなアルバムが完全に廃れたわけではないようだ。クロスノエシスが今年4月にリリースした1stアルバム「circle」はCDにのみ、本編18曲のあとに多数の無音を経て44曲目に44秒のシークレットトラックが収められている。配信やアナログでは楽しめないこのCDならではの遊びは、これから先もCD時代を懐かしく思い起こさせる手法の1つとして残っていくのかもしれない。

クロスノエシス「circle」
Amazon.co.jp

Boards of Canada「Magic Window」

Boards of Canadaが2002年に発表した2ndアルバム「Geogaddi」の最後の曲「Magic Window」は、CDや配信で聴くと1分46秒の無音となっている。この「Geogaddi」は3枚組のアナログも発売されており、アナログ盤では「Magic Window」が収録されるはずの部分に音溝がなく、代わりに盤面に手をつないだ裸の家族の絵が彫られている。

Boards of Canada「Magic Window」の再生はこちら

Sigur Rós「18 sekúndur fyrir sólarupprás」

1997年にリリースされたSigur Rósの1stアルバム「Von」には、アイスランド語で「暗闇」を意味する5曲目「Myrkur」と「海の太陽」を意味する7曲目「Hafssól」の間に、これら2曲をつなぐ架け橋のように、「日の出までの18秒間」を意味する「18 sekúndur fyrir sólarupprás」というタイトルの18秒間の無音が収録されている。ちなみにSigur Rósのオフィシャルサイトは2011年まで、この曲の英語タイトルである「eighteen seconds before sunrise」がサイト名として名付けられていた。

Sigur Rós「18 sekúndur fyrir sólarupprás」の再生はこちら

儲かる? 役に立つ? 実用のための無音

Vulfpeck「Sleepify」

ロサンゼルスのミニマルファンクバンド、Vulfpeckは2014年に全曲無音のアルバム「Sleepify」をリリースした。なんのためにそんなアルバムを作ったのか?

入場無料のライブツアーを企画していた彼らは、その資金を集めるために「Spotifyでは曲が30秒流れた時点で“1回再生”とカウントされ、権利者に報酬が支払われる」という仕組みに目を付け、31秒間の無音が10トラック入ったアルバムを制作。ファンに向けて「寝ている間にこのアルバムを一晩中リピート再生してくれ」と呼びかけたのだ。結局、Spotifyは翌月になってこのアルバムの配信を中止したが、このある種のシステムハックにより、ほぼゼロ予算で作られたアルバムでバンドは約2万ドルの収益を得たという(※9)(※10)

Vulfpeck「Sleepify」の再生はこちら

INJS「D.E.A.F」

Vulfpeckの「Sleepify」と似た例として、2019年にSpotifyでリリースされた「D.E.A.F」という、ストリーミングで寄付金を集めるために作られた全曲無音のアルバムもある。

聴覚障がい者支援を研究するフランスのサウンドエンジニアは、耳の聞こえない人がコンサートを楽しむことができるための、コンサートホールに装備する振動システムを開発していた。しかし研究のための資金不足に悩み、この音のないアルバムを制作することを思いついた(※11)。全7トラックの収録曲のタイトルは、つなげて読むとリスナーへのメッセージになっている。

INJS「D.E.A.F」の再生はこちら

The Royal British Legion「2 Minute Silence」

イギリスでは第一次世界大戦休戦記念日である11月11日に毎年追悼式が行われ、戦争で亡くなった人々を追悼するために11:00から全国で2分間の黙祷が行われる。これに合わせて2010年、英国在郷軍人会(The Royal British Legion)は、戦争で亡くなった兵士の遺族や障害を負った兵士を支援するためのチャリティソングとして、2分間の黙祷を音源化した無音トラック「2 Minute Silence」をiTunes Storeでリリース。ヒットチャートで1位にしようという呼びかけに応じて、この曲は多くの人々にダウンロードされトップ20にランクインした(※12)。同曲のミュージックビデオにはトム・ヨーク、ブライアン・フェリー、ブルース・ディッキンソン、マーク・ロンソンなどさまざまな著名人が出演している(※13)

The Royal British Legion「2 Minute Silence」の再生はこちら

「A a a a a Very Good Song」 / 「ああアアAA」

2017年、「A a a a a Very Good Song」という曲が「これは便利」と評判になり、iTunes Storeのランキングで50位以内に入ったことが話題になった。無音が約10分続くだけの曲で、最後にひと言、男性が「そろそろトラックを変えてください」と促す声が流れる。いったい何が便利だったのか?

‎Samir Mezrahi「A a a a a Very Good Song」の再生はこちら

当時の海外のカーステレオは、iPhoneを接続するとアルファベット順に音楽が自動再生される仕様のものが多く、望むと望まざるとにかかわらず毎回、Aで始まるタイトルの曲が勝手に流れるようになっていた。「A a a a a Very Good Song」は車内で毎回同じ曲が流れるのに耐えられない人のために作られた音源。たとえ誰のライブラリーに入れたとしても、このタイトルのおかげで最初に再生されるため、無音が流れている間に余裕を持ってゆっくりと選曲することができるのだ(※14)

なお、同じ年にこの日本語版「ああアアAA」もリリースされている(※15)

‎Makk「ああアアAA」の再生はこちら

ハイレゾ音響研究所「無音」 / 高品質音響倶楽部「無音」

あらゆる配信サービスで無音だけを売っている謎の団体。「ハイレゾ音響研究所」と言いつつ、サブスクや多くの配信サービスはハイレゾ対応していないのでは……?と思ってしまうが、OTOTOYe-onkyo musicmoraといったハイレゾ配信サービスでは24bit/96kHzの音源がちゃんと販売されている。「ノイズテスト用にオススメ」という説もあるが……。

ハイレゾ音響研究所「無音」の再生はこちら

高品質音響倶楽部「無音」の再生はこちら

RiNG-O SE「サイレント(無音)」

携帯の着信音として使える、さまざまな効果音、セリフ、どこかで聴いたことのあるメロディなどを大量に制作している「アノ音.com」が配信している音源。名前の通り無音。これをダウンロードして着信音に設定するくらいなら、マナーモードにすればいいだけなのでは……。

RiNG-O SE「サイレント(無音)」の再生はこちら

ジョン・ケージのアニバーサリーイヤーをきっかけとして、ここまでこの記事では古今東西のあらゆる無音の曲を紹介してきた。ひと口で無音と言っても作られた目的はさまざまで、作曲方法が違うもの、それぞれの強い思いが込められたものなど、耳では聴き分けることができないいろいろなタイプのものがあることはご理解いただけたと思う。

「4'33"」が作曲された頃まで、もともと楽譜としてしか発表されていなかった無音の曲は、アナログレコードの時代になって音源化され、CDの時代に大量に収録できるようになり、ネット配信の時代に寄付金を集める手段や便利なツールとして使われるようになり……と、音楽記録媒体が変化していくにつれて少しずつその役割を拡張している。これから先もまた時代の変化に合わせて、まったく新しい目的を持った無音の曲が登場し、音楽ファンを驚かせてくれるのかもしれない。

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  1. silence - Sonic Youth Site Menu
  2. Buzzo and Kim Thayil
  3. ベルハーの声だけの新曲、声を抜いたら無音に - 音楽ナタリー
  4. Remembering Michael Viner, The Man Who Recorded “Apache” – Rolling Stone(※2020年11月30日のWeb Archive)
  5. manual of errors SONOTA [ Orville K. Snav & Associates / Companion to T.V. ]
  6. BunaB,' a Brilliantly Useless Product Line | Mental Floss
  7. AVYSS magazine » デジタルプラットフォームでの音楽消費に焦点を当てたコンピ『PRSNT』が発表
  8. ムック、アルバムレコ発ツアーが大阪から“初々”しく開幕 - 音楽ナタリー
  9. How to make money from Spotify by streaming silence | Music | The Guardian
  10. ‘Silent Spotify Album’ Creator Talks Strategy Behind Unique Plan – Rolling Stone(※2018年7月5日のWeb Archive)
  11. INJS Paris: D.E.A.F Album • Ads of the World™ | Part of The Clio Network
  12. 英チャート上位 話題の曲とは… | ひるおび! 2010/11/12(金)11:00のニュース | TVでた蔵
  13. トム・ヨーク(Thom Yorke)やブライアン・フェリーら参加、サイレント・トラックのビデオ・シングルが発売 - CDJournal ニュース
  14. A silent, 10-minute song is climbing the iTunes charts | Engadget
  15. 最初に再生されることで好きな曲を探す時間を作る無音曲の日本版「ああアアAA」配信 - デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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