佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 4回目 前編 [バックナンバー]

劔樹人&ぱいぱいでか美とアイドルファンの未来を考える

ハロプロに魅了されたヲタクたちの生態

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ハロプロを応援していたら宇多丸さんと知り合えた

南波 先ほど昔と今ではファン同士のつながり方が違うという話が出ましたけど、ヲタクの方々って、社会的地位や普段属しているコミュニティに関係なくお互いフラットな立場で仲間になることが多いですよね。

でか美 うんうん。ライブ会場でも、ファン同士のおじさんと女子高生が普通の友達として仲よくしゃべっていたりしますよ。いわゆる“女ヲタヲタ”的なものとはまた違った雰囲気で。

 あれは不思議な光景ですよね。

南波 お互いの素性を本当に知らなかったり、仮に知ったとしても普通に接していたりしていて。普段の暮らしの中で交わることのない人同士が自然な形で一緒にいるというのが本当に素敵だなと思います。こういうファン同士の関係性は、昔からあったものなんですか?

 そうだと思います。僕が大阪にいた頃、東京でハロプロを応援している有名人といったらRHYMESTERの宇多丸さん、掟ポルシェロマンポルシェ。)さん、杉作J太郎さんが挙げられる時代だったんですが、そんな有名な方々と交流する機会なんて普通はないのに、当時ハロプロを応援していたら、RHYMESTERの宇多丸さんと知り合えたんですよ。「釣りバカ日誌」のハマちゃんとスーさんじゃないですが、ただ変なバンドをやっているアンダーグラウンドな自分と、メジャーアーティストの宇多丸さんが、ハロプロの話をしているときはフラットな関係になれた。杉作さんだって当時からサブカルのスターみたいな方でしたけど、みんなでモーニング娘。の話をしているときは、同じ立場でああだこうだ言い合えたんですよね。ハロヲタにそういう人は多かったと思います。

でか美 私もある日いきなり大森(靖子)さんから「休みの日は何してるんですか?」とTwitterのDMが来ました。そのあとお会いしたときに聞いたら、「『ハロプロが好き』ってプロフィールに書いてあったからフォローしてみた」とおっしゃっていて(笑)。私からしたら「あの大森靖子からフォローされた!」という感じでしたけど、同じものを好きだとそういうこともあるんだなと思いました。

左からぱいぱいでか美、劔樹人。

佐々木 へえー。ファン同士で仲間を求めているという。

でか美 劔さんともハロプロという共通項がなかったら、お家に入り浸るほどの仲になれなかったと思います(笑)。コロナ禍以降はあまり行けてないですけど、それ以前はマジで家賃を払わなきゃいけないくらいずっと劔さんのお家に遊びに行っていたので(笑)。

 もう出入り自由みたいな感じだったよね(笑)。

でか美 劔さんのお家で開催されるハロヲタの集いも変わったメンツですよね。いろんな職種の方がいらっしゃる。

佐々木 みんな素性はバラバラだけど、ハロプロでつながっているということ?

 はい、ハロプロだけで(笑)。

佐々木 社会的なカテゴリを取り払って付き合える関係はすごくハッピーですよね。ただ、一方でほかのジャンルのヲタク間にもあるかもしれないけど、マニアックな分野になればなるほど、マウントの取り合いが生じるじゃないですか。アイドルヲタクの中ではそういうことで軋轢が生まれることはないですか?

 うーん、当然あるよね?

でか美 めちゃめちゃありますし、Twitterで牽制し合っているハロヲタもしょっちゅう見てますよ。「俺は写真集を何冊買った」みたいな(笑)。でもそういう発言の真意は、「俺はここまでしてやっている」というものより、それぞれのヲタクとしてのプライドの表れなのかなと思いますけどね。自分的には、ハロプロファンはお互いを下に見るようなマウントの取り合いはしないイメージです。

 ハロプロは過去にほかのアイドルたちの台頭によって不遇の時期を経験していることもあって、ファン全体として“我が軍”という仲間意識を持っているのかもしれないですね。

でか美 あと、劔さんと私はお互いにハロプロを追えていなかった時代を補い合っていて。私が子供すぎてよく把握できていない時代を劔さんはリアルタイムで追っていたし、劔さんが1回離れた頃から私はハロプロを好きになったので、お互いの記憶や思いが補完されているというか(笑)。

 ハロプロの歴史が長いこともあって、古参ファンが新規のファンに対して優しい雰囲気はありますね。

佐々木 確かに、新しいファンを「ようこそ」と歓迎する懐の深さみたいなものは僕も感じます。

 そのマインドはすごく強いと思います。

「後輩のことをよろしくね」

でか美 あとハロヲタの特徴といえば、基本的にハロプロに付随するすべての事柄を好きになることですね(笑)。ハロプロに楽曲を数多く提供している中島卓偉さんや、ハロプロ関連のイベントでよくMCをしているお笑いコンビの上々軍団さんのことを大好きになったり、「ハロ!ステ」(ハロプロのYouTube公式チャンネルで配信されている番組)によく出てくるうどん屋さんに行きまくったりとか。

南波 あるある(笑)。

でか美 「あの頃。」の制作が発表されてからは、私の中では「我が軍でおなじみの松坂桃李さんと仲野太賀さん」という感じにもなっています。お二人ともインタビューとかでハロプロのことをほめてくれているので、うれしくて(笑)。みんなそういう仲間意識は、すごく強いと思います。例え1人で現場に通っているヲタクの人や、自宅で1人で楽しみたい主義の方でも、ハロプロファンを公言する松岡茉優さんに信頼を置いている、みたいな感覚はあると思います(笑)。

ぱいぱいでか美

 そういうファンの仲間意識は、ハロプロが紆余曲折を経ているからこそ生まれているのかなと思います。あと僕が個人的に思うのは、ある程度長い期間応援していると自分もファンとして成熟していくということ。

南波 なるほど、丸くなっていくんですね(笑)。

佐々木 ちなみにハロヲタだけに限らず、今のアイドルファンには小中学生から60代前半くらいの方までいるイメージがあるんですが、60代くらいのヲタクの中にもかなりアクティブな方がいますよね。そういうベテランヲタクの中には、応援し始めて云十年という方々もけっこういるのかなと思っていて。

でか美 もちろんファン歴が長い人もいるけど、ヲタ卒する人もいると思います。単純に推しメンが卒業したら一緒にヲタクを卒業するという方もいますし。でも、基本ハロヲタは推しメンが卒業したら、現役のほかのメンバーに流れていく傾向にあると思いますけどね。

 そうだね。これが20年以上続くハロプロの作り出したビジネスとして優れているシステムで、受け皿がちゃんとあるというか、こぼれるとしっかりと受け止めてくれるものが次にある。ハロプロは所属しているグループやメンバーの個性も幅広いですし。

でか美 ももちや道重さゆみさん(ex. モーニング娘。'14)もそうでしたけど、基本的にみんな「後輩のことをよろしくね」という姿勢で卒業していくんです。だから、ほかの子たちを推すことへの後ろめたさがなくなるというか。普通だったら別の子を応援するなんて悪いなという気がしますし、実際自分の中で葛藤することもあるんですけど、卒業する彼女たちが「私もがんばるし、ハロー!プロジェクトという団体をこれからも応援してね」と言ってくれるので。

 ちなみにこの流れは2001年にモーニング娘。を卒業された中澤裕子さんから始まっています。卒業コンサートの舞台で、彼女が「これからのモーニング娘。をよろしく」と話したのが最初ですから。

佐々木 へえー! 初代リーダーから受け継がれている、ある種のハロプロの伝統のようなものなのかもしれないですね。その伝統のマインドが生まれると同時に、21世紀が始まったという。

<次回に続く>

劔樹人

1979年生まれのベーシスト / マンガ家。狼の墓場プロダクション所属。大学在学中より音楽活動を開始し、2009年より神聖かまってちゃん、撃鉄、アカシックなどのマネジメント、プロデュースを手がける。現在はあらかじめ決められた恋人たちへのメンバーおよび和田彩花、吉川友、ぱいぱいでか美withメガエレファンツなどのバンドのベーシストとして活動中。著作に「今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました」「高校生のブルース」など。2021年2月に自伝的コミックエッセイ「あの頃。男子かしまし物語」が松坂桃李主演の映画「あの頃。」として実写化された。

ぱいぱいでか美

1991年生まれのタレント / 歌手。日本テレビ系「有吉反省会」へのレギュラー出演のほか、ソロ楽曲の作詞作曲やライブ活動、他アーティストへの楽曲提供、DJ、コラム執筆などを行う。また自身が中心となるバンド・ぱいぱいでか美withメガエレファンツ、アイドルユニット・APOKALIPPPSのメンバーとしても活動中。2021年3月に自身が作詞作曲、ONIGAWARAが編曲を手がけた新曲「イェーーーーーーーー!!!!!!!!」を配信リリースした。同年4月よりYU-Mエンターテインメントに所属。8月8日には自主企画の生配信イベント「でか美祭 2021」を東京・TSUTAYA O-EASTほかで開催する。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

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読者の反応

佐々木敦 @sasakiatsushi

あらためて自分で前中後編通して読んでみたけど、これ相当面白いんじゃないでしょうか、というかすごく重要な話をしてる、延々と笑
https://t.co/NCV3uhaUkV

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