エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第17回 [バックナンバー]

七尾旅人、cero、中村佳穂、Tempalay、ドレスコーズらを手がける奥田泰次の仕事術(前編)

レコーディングでの時間の使い方が空気感として音に表れる

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誰よりもアーティストの近くで音と向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているサウンドエンジニア。そんな音のプロフェッショナルに同業者の中村公輔が話を聞くこの連載。今回は七尾旅人cero、中村佳穂、Tempalay、ドレスコーズらの作品を手がける奥田泰次に、2回にわたってインタビューを行った。前編では紆余曲折を経てエンジニアになるまでの道のりと、七尾旅人、ceroの音作りの話を紹介する。

取材・/ 中村公輔 撮影 / 今津聡子 構成 / 丸澤嘉明

Beastie Boysがレコーディングの土台にある

──奥田さんの音楽の原体験を教えてもらえますか?

小学生のときによく母親に連れられてコンサートホールでクラシック音楽を聴きに行っていたのですが、それがいい音の原体験として自分の中に大きく残っています。特に2階で聴いているときが気持ちよくて。子供なので寝ちゃうこともあるんですけど、生音の響きが記憶としてちゃんと残っていますね。

──エンジニアになろうと思ったのはいつ頃から?

中学3年でヒップホップのレコードを買い漁るようになり、しばらくして「クレジットにエンジニアって書いてあるけどなんだろうな?」と気になるようになって。当時はインターネットがなかったので調べられなかったんですけど、A Tribe Called Quest(以下ATCQ)をやっていたボブ・パワー(※ATCQ、De La Soul、ミシェル・ンデゲオチェロ、The Roots、ディアンジェロなどの作品を手がけたエンジニア)の存在だけが自分の中で大きくなっていったんです。その後「サウンド&レコーディング・マガジン」に載っていたハウィー・Bの連載でエンジニアの仕事がなんとなくわかって、それがエンジニアになりたいと意識し始めたきっかけですね。

──中学生でヒップホップにハマったときはどんなレコードを買っていましたか?

Gang Starr、ATCQとか、ニューヨークが好きでしたね。高校生になるとネタをさかのぼってソウル、ジャズ、ファンクとかいろいろ聴き出して、1990年代後半はアブストラクト、エレクトロニカを聴いていました。

──1990年代初頭に中学生でヒップホップを聴いていたのはけっこう早いですよね?

僕、生まれは東京の巣鴨なんですけど、小学生のときに名古屋の今池に引っ越して、そこでできた親友の兄が地元でレコード店もやっている有名なDJだったんですよ。その人はMICROPHONE PAGERのTWIGYさんと昔からの仲間で、送られてくる東京でのライブ音源や新曲などテープでダビングしてもらっていました。友達の家に行けばレコードがたくさんあるような環境で、そのお兄さんに薦められるがままにロイ・エアーズやSTRATA-EAST RECORDSから出ている作品とかを買ったりするうちにブラックミュージックにハマっていきました。そうそう、Beastie Boysが1992年に「Check Your Head」というアルバムを出したんですけど、これが音楽的にもビジュアル的にも、かなりダイレクトに自分の中に入ってきたアルバムでした。音楽的に素晴らしかったのと、音としても空気感がすごくあって、それまでロックを聴いてなかった自分にもスッと入ってきて。

──頭からCheap Trickとジミ・ヘンドリックスのサンプリングで始まるやつですよね。

そう、あれが今の自分の土台になっている気がします。Beastie Boysはあの作品を制作するにあたって自分たちのスタジオを作り、それまで商業的なスタジオで1日20万円払っていたルーティンから解放されたんですよね。倉庫にバスケットコートがあったりして、1日何もしない日があれば、ずっとレコーディングしている日もあって。日本だとフィッシュマンズが一軒家を借りてプライベートスタジオを作り、エンジニアのzAkさんとレコーディングするということをやっていましたよね。今思うと、ああいう作品を聴いて、時間の使い方が空気感として音に出てくるというのが自分の中に刻まれたんだと思います。

奥田泰次

上原キコウのもとで網戸をD.I.Y.したアシスタント時代

──それからどういうステップを踏んでエンジニアになりましたか?

高校を卒業後、大学に行こうと思って浪人生活を送っていたんですけど、途中で大学に行っても仕方ないという気持ちになってきて音楽の専門学校に入りました。でも東京でできた仲間とクラブで遊び始めて、1年で辞めちゃって。それからしばらくフラフラしていて、21歳になってFREEDOM STUDIOがやっていたセンター・レコーディング・スクールという専門学校に通い始めました。研修で大手のスタジオに通いましたが、掃除ばっかりでスタジオに入れないし、こんなところにいても仕方ないなと当時の僕は思っていました。今では新人に「掃除が基本!」と言ってるのですが。それで、フリーダムの目等(進)さんに「何か仕事ないですか?」って尋ねて、上原キコウさんを紹介してもらったのが1999年だったかな。当時上原さんはTOKYO No.1 SOUL SETとか電気グルーヴとかいろいろやっていて、音も変わった感じで面白そうだったので会いに行って。

──紆余曲折を経て上原さんのアシスタントになったんですね。

そうですね。当時、渋谷La.mamaの真上に部屋を借りて、そこを東京ホームランクルーズというスタジオにするというので面接に行きました。上原さんは“邪悪なアンディ・ウォーホル”みたいな雰囲気の人なんですけど、僕は真っ白な状態だったから、すごく影響を受けましたね。スタジオに網戸がなくて蚊が入ってくるんですよ。「奥田くん、食虫植物を置いておいて」って言われて素直に買ってきたり、換気扇や網戸、机をD.I.Y.したり、毎日そういうことばかりやってました。給料の渡し方もユニークで、スタジオの入り口に大きな茶色い壺があって、100円玉とか500円玉がいっぱい入ってるんですよ。そこにドトールのLカップのコップをザクっと入れて「はい」って渡されるのが1カ月分の給料。10数万はありましたね。最初はそれが嫌で銀行でお札に変えていたんですけど、だんだんと自分も気にならなくなってきちゃって、レコード屋で小銭で払うようになったりして。店員からしたらいい迷惑でしょうけど。上原さん流の教育だったんでしょうね。

──そこでは音楽的にはどういう経験をしましたか?

「Logicのアップデートの話を代理店の人とするから、その会話を録音しておいてほしい」と言われて、ポータブルDAT(デジタルオーディオテープ)とピンマイクを渡されたのが僕の最初の録音仕事でした。「でも奥田くんは、その人に姿を見られちゃいけない」とか言われて、僕も純粋なのでマイクを仕掛けたまま3人掛けソファと壁の間に入って2時間くらいジッとしていましたね。上原さんはミックスは好きだけどレコーディングが嫌いな人で、だいたい後輩に振っていたので、いろんなスタジオには行きましたけど僕はレコーディングにはあまり立ち会ってないですね。あと(石野)卓球さんが三軒茶屋に自分のプライベートスタジオを作った頃で、そこに一番通いました。僕の初めてのクレジットは電気グルーヴの「VOXXX」(2000年1月リリース)で、Technician [Technical Driver]という名義でした。運転手ってことなんですけど、卓球さんにオープンしたばかりのバーニー・グランドマン・マスタリング東京で名付けられました。数年前エンジニアとして卓球さんと再会できたときは感慨深いものがありました。

──上原さんのところにはどのくらいいたんですか?

1年半くらいですね。徐々に周辺の都市開発が進んで、上原さんが「渋谷はバイブスが悪い」って言い出して、温泉が好きだからって箱根に引っ越しちゃったんですよ。そのとき上原さんの旧友であるzAkさんのところに伺って、帰り道に「zAkのところに行く?」って上原さんに言われたんですけど、これ以上特殊なところにいると自分がなくなる気がして脳内で猛烈に拒否反応がありましたね。それで大手のスタジオで修業したいと思って探したんですけど、その頃は3348(※SONY PCM-3348。業務用デジタルMTRの定番機)を即座に扱うのがアシスタントの主な仕事という時代で、僕はその経験はまったくなかったので、面接に行っても上原さんの話では盛り上がるけど落とされるって状態。それが1年くらい続きましたね。時間があるからクラブに遊びに行って、そこで知り合ったのがJazzy Sportでした。のちのち遊び仲間から仕事仲間になっていったので、今思えば大事な時期だったと思いますけどね。

奥田泰次

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チャンスが回って来たときにできるよう常日頃ミックスしていた

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