映画と決算 第4回 [バックナンバー]

Netflixはスポーツ中継に参戦するのか?

Netflixの新しい活路とは / ディズニーCEO電撃更迭の背景

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米ロサンゼルス在住のライター・平井伊都子が映画の未来を占う連載。第4回では広告付きプランを開始したばかりのNetflix、CEO電撃更迭が発表されたディズニーというストリーミングサービスの2大巨頭となった両社の最新動向をお届け。

/ 平井伊都子

“お試し加入”を狙う広告プラン

ディズニーが第4四半期決算を発表した11月8日以降、ディズニー社内では大きな動きがいくつも起きていました。記事にまとめるタイミングを見計らっている間に、12月8日からはディズニープラスの広告付きプランが始まりました。一方、Netflixも11月3日から広告付きプランを世界12カ国で開始し、2023年早々行われる第4四半期決算でその成果が発表されるでしょう。「映画と決算」第4回では、エンタテイメント企業と広告、そしてディズニーのCEO電撃更迭について考えていきたいと思います。

「Netflix」ロゴ

10月27日に行われたNetflix第3四半期決算発表で広告付きプランの発表があり、11月から日本やアメリカを含む12カ国で開始されています。日本では、広告付きベーシック(同時視聴は1台のみ、HD画質、一部コンテンツは視聴不可、ダウンロード不可)が790円。NetflixのCOO兼プロダクト最高責任者のグレッグ・ピーターズ氏は「既存会員が広告付きプランに移行するのではなく、新規会員が“お試し加入”しやすい価格帯を新設した」と強調していました。また、入会時に入力する個人情報や視聴履歴などのデータは、Netflixのコンテンツをターゲット広告するためだけに使用されるとしています。リード・ヘイスティングCEOは、ここ10年あまりアメリカで加速する若者のテレビ離れにおける広告主の機会損出を過小評価していたと述べています。通常のテレビ放送を見ない・テレビを持たない層は、広告において購買意欲層とされる18歳~49歳と重なります。それならば「彼らに向けたターゲット広告費はどこへ行くのだろうか?」が広告プラン発案につながったとしています。初動の12カ国で世界の配信広告費の75%を占めるそうで、商機を見出したのでしょう。こういった前向きな事業展開と、今年4月の株価暴落を招いた有料会員数激減が落ち着きを見せたことが好意的に受け入れられ、決算発表後の株価は約15%戻しています。しかし、広告付きプラン開始から1カ月、Netflixによる公式発表ではありませんが、新規加入はわずか9%にとどまったという報道が出ています(*1)。広告付きプランを広めるキャンペーンも特に行われておらず、来年以降パスワード共有の取締りが始まってから本格化する構えなのでしょうか。

Netflixの新しい活路

アメリカのテレビ放送で、最も広告費を稼ぐのがスポーツの生中継。今年2月に放送されたNFLの優勝決定戦「スーパーボウル」の広告費は、30秒で700万ドル(約9億5800万円)とされています(*2)。ストリーミングサービスの世界でも、Apple TV+が野球のMLBとサッカーのMLSの配信権を持ち、Amazon Prime VideoはNFLの試合を配信。ディズニープラスは系列にスポーツ専門のESPN+を持ち、バンドル契約のパッケージに含まれています。今、エンタメ業界が最も気にしているのは「Netflixはスポーツ中継に参戦するのか?」で、テッド・サランドスCEO兼コンテンツ最高責任者は先日行われた会議でこう発言しています。「大型のスポーツ配信権は、現時点では利益を生む道筋が見つけられていません。それは、スポーツ中継の有料配信とストリーミングの収益モデルが異なるからです。スポーツ中継に否定的なのではなく、収益化の道筋を探る段階です」(*2)。なお、Netflixはスポーツではなく、スタンダップコメディに新しい活路を見出しています。今年のアカデミー賞での「ビンタ事件」も記憶に新しいクリス・ロックのコメディショーを、2023年初頭に全世界で生中継配信予定。確かに、野球やアメフトよりもNetflixらしいと言えます。

クリス・ロック (c)Corey Nickols

ディズニーCEOが異例の復帰

一方、12月8日よりディズニープラスの広告プランを開始したばかりのディズニーは? 9月に行われた第3四半期決算で、「ディズニーの有料会員数がNetflixを上回る」という多少ミスリードなニュースが流れ、世界は騒然としました。2019年の立ち上げからわずか3年で、オンラインビデオレンタルから配信プラットフォームへと10年間の年月と膨大な予算をかけて転身したNetflixを超えたディズニーの腕力に、少々恐れを感じました。この期間にはパンデミックという誰も予想できなかった“お家エンタテインメント”への追い風があったとしても、驚異的です。そして、その代償が積もり積もった営業赤字でした。第4四半期はコンテンツ費用やサービス構築費用が嵩み、約15億ドルの赤字を計上。ボブ・チャペックCEO(=当時)は「今後は、収益性に重点を置いたアプローチを行う。営業赤字のピークは2022年度。2023年度から好転し、2024年度の黒字化を目指す。黒字化へ向けて、広告プラン開始に伴う値上げと営業コスト再構築を行う」と語りましたが目新しさはなく、市場の反発は避けられませんでした。決算を受け、株価は約8%下落。それが、11月18日のディズニープラス肝入りコンテンツのエルトン・ジョンLAコンサート生中継配信中に起きた「ボブ・(チャペック)アウト、ボブ・(アイガー)イン」のCEO更迭劇のプレリュードでした。

ディズニーCEOに再任したボブ・アイガー。(写真提供:Image Press Agency / Sipa USA / Newscom / ゼータ イメージ)

そもそも、ディズニープラスの快進撃はボブ・チャペックCEOの歩みと並走していました。2020年2月に15年間CEOを務めたボブ・アイガー氏から役職を引き継ぎ、CEOに就任。前職はディズニーリゾートやマーチャンダイズ統括部門の会長を務めていて、就任早々パンデミックによるパーク閉鎖などの舵取りを行いました。この時期の就任は偶然でしょうが、パークを知り尽くしたチャペックCEOだから成し遂げられた経営判断も多かったと想像します。一方で、ディズニーの収益の双璧をなすコンテンツ部門では、劇場閉鎖によるストリーミングへの移行など数々の決断を求められました。解任後の記事では、コンテンツ開発部門を一元化し、ビジネス寄りの役員に決定権を与えたことによって、クリエイティブ側から突き上げがあったという憶測が書かれています。言われてみればこの2年間、「ブラック・ウィドウ」を劇場公開と同時にディズニープラスで配信する決定で勃発したスカーレット・ヨハンソンとの裁判や、フロリダ州の「Don’t Say Gay法案(学校において性自認に関する議論を禁止する法案)」推進派議員に対する献金に従業員が反発した事案など、“夢と魔法の国”には似つかわしくない問題が頻発していました。株価が最高額の半値まで下げた頃、取締役会は大きな決断を行いました。CEO退任後も2021年末まで取締役会長を務め、2022年は悠々自適に過ごしているはずのボブ・アイガー氏が、わずか11カ月で現役最前線に舞い戻ることになったのです。今後2年間CEO職を務め、後任にふさわしい役員を育成することが職務に課せられたそうです。

チャペックCEO時代がパンデミックとの共存と、ストリーミング企業として舵を切るデジタル黎明期だったのに比べ、アイガーCEO時代は、ピクサーやマーベル、ルーカス・フィルム、20世紀フォックスなどを次々と買収し築いた“IP(知的財産)大国”設立期。強いリーダーの復活の翌日に株価は10%程度上昇したものの、感謝祭の連休を終える頃には再びマイナスに傾いてしまいました。さらに、12月16日に世界公開した「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」の興行成績が予想を下回り、株価が2020年3月以来の下落を記録するという状況も起きています。すっかり懐疑的になった市場の耳目を集めるには、また大型企業買収しかないという意見も聞かれますが、これ以上の営業赤字は避けたいところ……。例年だと2月初旬に行われる第1四半期決算発表では、ディズニープラス広告プランの営業状況や、経営手腕に評価が集まるアイガーCEOのコメントも聞かれると思います。

ディズニープラスのトップページには、ボブ・アイガーCEO時代に買収したピクサー、マーベル、スター・ウォーズなどのロゴが並ぶ。

アイガーCEO復活後に流れた最初のニュースのひとつが、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールド内の「スプラッシュマウンテン」を、2023年1月23日に閉鎖するという発表(*3)。背景には、このアトラクションが1946年の映画「南部の唄」をテーマにしているのを問題視されたことがあります。「南部の唄」は南北戦争後のアメリカ南部で黒人男性と白人少年の心の交流を描いた作品ですが、当時の黒人と白人の関係の現実的ではない表現などが人種差別の歴史に誤解を与えると指摘されていました。チャペックCEO時代の2020年6月、「ブラック・ライブス・マター」運動が盛り上がる最中、同社は「スプラッシュマウンテン」の題材を「南部の唄」から、ディズニーが初めて黒人のプリンセスを主人公にしたアニメ「プリンセスと魔法のキス」に変更することを明らかにしていました。

閉鎖・改装を経て2024年後半に新アトラクションの「Tiana’s Bayou Adventure」として生まれ変わります。舞台は音楽の街としても知られ、湖や河川にそそぐ“バイユー”と呼ばれる小川の多い米ルイジアナ州ニューオリンズ。そのタイトルから察するに、楽曲と水上ライドが人気な「スプラッシュマウンテン」から近からずも遠からずな内容のアトラクションとなりそうです。閉鎖発表がこのタイミングになったのも偶然でしょうが、パーク&レクリエーションに造詣の深いチャペック元CEOは、自らの手で再編したかったことでしょう。カリフォルニアのディズニーランドにもある「スプラッシュマウンテン」の閉鎖時期は未発表ですが、今後、東京ディズニーランドの同アトラクションもなんらかの変更が生じることになりそうです。

*1 https://jp.wsj.com/articles/netflixs-ad-jingle-to-take-time-to-catch-on-11671583444
*2 https://www.foxbusiness.com/lifestyle/super-bowl-lvi-ads-7-million-biggest-jump
*3 https://ir.netflix.net/investor-news-and-events/investor-events/event-details/2022/UBS-Global-TMT-Conference-11-2022/
*4 https://deadline.com/2022/12/disney-sets-splash-mountain-closing-date-reveals-new-details-princess-and-the-frog-replacement-1235187717/

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平井伊都子

アメリカ・ロサンゼルス在住。映画雑誌の編集や任期付外交官(文化担当)を経て、現在は映画ライター、ジャーナリストとして活動する。2021年からゴールデングローブ賞を選考するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)に所属。

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