コミティア―マンガの未来のために今できること 第5回 [バックナンバー]

編集者座談会 飯田孝(楽園)×岩間秀和(元ITAN)×豊田夢太郎(元月刊IKKI)

商業出版におけるコミティアの役割と必要性

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先着順で作家さんが奪い合いになるのがつらい(豊田)

──最近は、同人誌がすぐに単行本化されて……という機会も増えましたよね。

豊田 これはただの僕の気持ちなんですけど、先着順で作家さんが奪い合いになる状況はちょっとつらくて……。極端な話、コミティア初参加の人を全部リストアップして、そこだけ周れば「勝てる」かもしれませんが、僕自身はなかなかできないです。

月刊IKKI2014年11月号

飯田 早い者勝ちと言われたらそうなのかも知れないけど、作家さんとの出会いはご縁だと思っていて。私はいつもスペースを全部周るんですが、自分がたどり着いたときには本が売り切れていたり、ご本人が不在で本を見ることができないこともある。いいなと思ってメールをお送りしたら、すでに他誌で話がまとまってることも多いです。でもそれはもう仕方ないと思うんですよ。

岩間 わかります。私もサークルを周るときには、その場で名刺を渡さないようにしていて、どうしても気になって帰りがけに喫茶店に入って読むこともありますが、家に持って帰ってから読みます。1日2日後に作家さんと連絡を取ると、もう別でお誘いがあって、と言われてしまうことも多いですが、だからといってもっと早く連絡しようという気にはなれなくて。でも今、飯田さんに「ご縁」と言われて、腑に落ちました。

──他社さんに取られてしまって、悔しい思いをすることもありますか。

豊田 僕は藤本正二さんの「終電ちゃん」がそれですね。藤本さんとはそれこそ「ご縁」があって、しばらく打ち合わせをしていたんですけど、なかなかうまくいかなくて。ちょっと時間を置こうかという話になり、その後もコミティアでは必ず挨拶をしてたんですが、「終電ちゃん」を出されたときに「かわいいですね」って伝えただけで「連載しましょう!」と言わなかったのが……。見る目がないのかな僕は、と(笑)。

岩間 私も豊田さんの話と似てるんですが、トウテムポールさんですね。ITANの出張編集部に同人誌版の「東京心中」を持ち込んでくださって、キャラクターがとても魅力的だなあと思ったので、そこで「東京心中」の掲載を決められたらよかったんですが、当時は掲載の決定権もなかったので、「うち向けに1本描きませんか」ってあーだこーだやっていたら……(笑)。でもまわりまわって、モーニングに異動してから読み切りを描いていただきました。

──出会ったときにはご縁がなくても、関係が続いていればまたお仕事をする機会もありますよね。

飯田 その通りだと思います。イトイ圭さんは同人誌を見ててお声がけして、描いてもらったんだけど、その後モーニングでちばてつや賞、イブニングで青年月例賞をほぼ同時に取られて。メジャーなところで描けるのが一番いいからと言って、もし時間があったら何年でも待つから楽園で描いてくださいねと話して。その後、紆余曲折あって「花と頬」を楽園web増刊で描いていただくことになりました。

楽園33号

コミティアはスカウトの場ではなくマンガを楽しむ場(岩間)

──出張編集部やコミティアで作家さんとお会いするときに、編集者として心がけていることはありますか。

豊田 コミティアに出てる作家さんに対して忘れないようにしているのは、みんながみんなデビューを目指してるわけじゃないってことです。初期の出張編集部で持ち込みを見るとき、どの方にも「何を目指してますか」ってことをお聞きしていたんですが、少なくない人が「デビューは目指してないです」とおっしゃったんですよ。じゃあなぜ持ち込みにきたんですかって聞くと、「自分の作品はもっとよくできる気がするんです」と。そのためのアドバイスが欲しいとおっしゃる。「商業」的な視点からではないけど、じゃあ例えばこんなアプローチがあるよとか、ここがいいからそこを伸ばしたらどうですかと時間をかけてお話してると、ちゃんと納得していただける。こういうことって、先ほど話した先着順ではないのではという話ともつながっているような気がするんですよね。

岩間 私が今日ここに呼ばれたのは、コミティアで即日新人賞を始めた人間だからだと思うんですけど、即日新人賞では単に作品の評価をするだけじゃなく、全作品に編集者が手書きでコメントを付けて貼りだしたんです。どうしてそれをやりたかったかというと、豊田さんもおっしゃったように、コミティアには自作を持って腕試しに来る方もいますし、それ以上に面白いマンガを探しにきている方が多いという実感はありましたので。私たちが「これは○、これは×」と言うだけで終わらせず、面白いマンガへの道しるべのような役割も果たせたらと思ったんです。モニターやニコ生を使って作品を紹介したのも、その一環でした。全作品にコメントを書くのはかなり大変な作業でしたが、それがコミティアでスペースをお借りしてイベントをやる立場としての礼儀だと。コミティアはスカウトの場ではなくマンガを楽しむ場で、好きなマンガを求める場だと思うので。

ITAN44号

飯田 出張編集部は持ち込みと同じかというと、そうじゃないんですよね。作家さんも、純粋に作品を評価してもらいたいと思ったとき、しっかりした目を持っている編集がいるであろうところに持って行くわけで。私は出張編集部をやったことがないのでわからなかったんですが、おふたりの話を聞いてそういう面もあるんだなと感動しました。

豊田 ただ出張編集部って、今はデビュー済みの作家さんが次の仕事を探しにくる場所にもなっていて。単行本を持って、「他所でやりたいんですけど」っていう方が持ち込みの半分ぐらいはいらっしゃるかもしれません。

──商業デビューされてからも個人的に同人誌を描き続ける作家さんも多いですからね。編集さんから見て、同人作品と商業作品のそれぞれの良さはどこにあると思いますか。

飯田 編集者の傲慢だと言われるかも知れませんけど、商業作品の魅力は編集や出版社というバイアスがかかっていることだと思います。商業である以上、「バイアスがないほうがいい」と思っている編集でもある種のバイアスがかかっている。でなければ、出版社の存在意義ってどこにあるんだっていうことでしょう。私はそこに商業出版の意味があると思ってます。そのバイアスが苦手な人には、コミティアは最高の舞台じゃないかと。一方で編集と一緒に作ることに面白さや楽しさを感じてくださる方が、お仕事をしてくださっていて、商業出版からこれだけマンガが世に出ているんだと思います。

岩間 例えば「ただいま、ダルセーニョ」は女子中学生の話ですが、私がもし担当で、最初から作品の打ち合わせに参加することになっていたら、たぶん主人公を女子中学生ではなく、大人もしくは大学生にしませんか?とアドバイスしたかもしれませんね。そのほうが、数多くの読者に受け入れられるんじゃないかと思うから。でも作者の朴さんが描きたかったのは、ご自身の経験をベースにした女子中学生の胸の内で、だからこそこの作品ができたんですよ。そういう、本当に素のままの純度の高い自分を出せる場がコミティアなんだろうなと思っています。私としては、担当編集がつくと、その純度は薄まるかも知れないけど、その一方で幅広く作品を広められるはず、と信じてやっています。そのための担当編集者だと思っていますので。

豊田 編集者の役割という意味では、以前はコミティアによく参加されていたオノ・ナツメさんって出版社と担当編集者によって全然出てくる作品が違うんですよね。「ACCA」と「さらい屋五葉」と「リストランテ・パラディーゾ」って全然バラバラで、それぞれの担当編集や媒体、そこにいる読者さんに合わせて作られているし、一方で同人誌ではオノさん自身が素敵だと思っていることを、すごく純度の高い状態で描かれていると思います。そのすべてがオノさんの中にあるものなんですよね。そういうのを見ていると、作家さんがうらやましくなるというか、僕もコミティアに出てみたくなる。でも僕はなんにも描けないから出すものもなく、出られないんですけど(笑)。

コミティアには読者と描き手のコミュニケーションが自然に存在する(岩間)

──コロナの影響でコミティアが継続できないかもしれない、という話を聞いたときは率直にどう思いましたか?

飯田 なんとかしなきゃと思いましたよ。しばらくは不特定多数の方に来てもらうイベントはできないし、この先コロナがどうなるのかなんて誰もわからないですから。だから中村(公彦、コミティア実行委員会代表)さんにすぐに電話して、「できることがあったらなんでもするから考えましょう」と言いました。

豊田 自分でも意外なほど喪失感があって、今後、自分がマンガ編集じゃなくなっても、コミティアは仕事とは関係なく行きたい場所だったんだということを改めて感じました。それがなくなってしまうのは、これからの自分の人生を考えても寂しい。おそらく商業で活躍されているような作家さんの中にも、第150回のときには出ようとか、第200回のときにあれが出せれば、みたいなことを考えている方はいくらでもいるはずですし。

岩間 私はここ最近ずっと一般参加でしたが、担当のマンガ家さんだけじゃなく、昔仕事をしたマンガ家さんとも近況を交わしあえる、貴重な場だったんですよ。そういう場が失われるとなると寂しいし、何か自分にできることはないかと思ってました。あたり前のようにあると思っていたコミティアがなくなるってちょっと想像がつかなかったんですが、中村さんのメッセージを拝見して、全然当たり前じゃなく、いろんな方の支えとこれまでの歴史があって、今のコミティアがあるんだということを再認識する機会になりました。

──もしコミティアがなくなったらどうなると思いますか?

飯田 私は一言「マンガという世界の風通しは悪くなるよね」と答えます。漠然としているかも知れないけど、間違いなくマンガ全体の風通しが悪くなると思います。

岩間 イベントって直に感想を伝えあったり、参加者さん同士初対面でもマンガの話で盛り上がったりできる、立場関係なく言い合える素敵な場ですよね。商業誌でそれが担えているかというとちょっとわからない。そういう意味では、コミティアには従来あるべき、読者と描き手のコミュニケーションが自然に存在する、大切な場所だと思います。

豊田 人がたくさん集まる同人誌即売会って、一見非効率だとは思うんですよ。pixivやTwitterならたくさんの人に共有できるとか、お金を払いたいんだったらBoothやFANBOXがあるし、もっと効率的なやり方がいくらでもあると思う人も多いと思うんです。でも実は逆で、何千人という人たちがその日のために本を作って、会場の隅から隅まで並べられてる。さらにそこでしか起きない出会いや縁がある。創作との出会い方としては、アナログは非効率に感じるかも知れないですけど、実は一番いいスタイルなのではないかなと思っています。

──本日はありがとうございました。私たちとしても、コミティアの存続を切に願っています。

飯田孝(イイダタカシ)

1960年生まれ。1984年に白泉社に入社、販売部9年勤務の後、創刊間もないヤングアニマル編集部に異動。以後、書籍部、コミックス編集部を経てメロディ隔月刊に伴うリニューアルを編集長として任される。2009年にコミックス編集部に戻り楽園 Le Paradis[ル パラディ]を企画・創刊。以後10年以上同誌を1人で編集。2020年10月より、同誌編集を中心にフリー編集者。

岩間秀和(イワマヒデカズ)

1970年生まれ。1993年に講談社入社。BE・LOVE編集部に25年在籍し、2018年よりモーニング編集部に異動。最近の担当作は勝田文「風太郎不戦日記」、染谷みのる「刷ったもんだ!」、鬼頭莫宏・カエデミノル「ヨリシロトランク」など。BE・LOVEおよびITAN編集長時代の2013年より、コミティア会場にて「即日新人賞」を計7度開催する。

豊田夢太郎(トヨダユメタロウ)

1973年生まれ。月刊IKKI(小学館)ほか、小学館のマンガ媒体の専属契約編集者(フリーランス)として勤務したのち、2019年より株式会社ミキサー所属。フリーランス的に各社各媒体でマンガ編集業務を行っており、現在はLINEマンガ、マンガワン、くらげバンチなどで担当を持つ。最近の担当作に、コミティアでも積極的に活動している朝陽昇の「麦酒姫 朝陽昇作品集」、三輪まことの「わるいあね」など。

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